第120話 魔法書
出遅れた右手を忘れて俺は左手でブラスターを抜き、星空のセプトンにエネルギー弾を三発放った。よくよく考えてみればカイザーナックルを出したままではブラスターを握れない。しどろもどろになるよりは逆に押さえててもらって良かったくらいだ。
頭に二つ命中。着地の態勢を崩させるための、おまけの一発もきちんと右足に当てられた。
何とか対応できた。こんなことになるぐらいなら“サイレント・ギャラクシー”を再度発動させるべきだった。どうも魔法の戦いにまだなれてないようだ。咄嗟の事態に魔法なんて思いつきもしなかった。
セプトンは頭を撃ち抜かれて宙でのバランスを失っている。色々としくじっているので倒そうとまでは思っていない。のけ反った形で落ちて来て、しかも、足先を失ったために着地にも失敗した。明後日の方向に両こぶしが落とされる。
爆音と砂煙。俺はカイザーナックルを未だ握っているカンバーバッチの手を振り切り、距離を取るべく飛びのく。仕切り直しだ。
「賢いドラゴンを倒すのはそう簡単にはいかねぇ」
カンバーバッチは勝ち誇っている。
「特にドラゴニュートはなぁ」
確かに、セプトンの頭半分はブラスターのエネルギー弾で吹き飛んでいた。右足先も失っている。
もちろん、どてっぱらにはいまだ風穴が空いていた。それでも十分動けるのがドラゴンというのならアトゥラトゥルとて同じ。千メートルの高さから落ちたとしても、そうそう死にはしまい。
それはいいとしてだ。どうしたらセプトンとやらを倒せる。
セプトンは魔法を発動した。回復魔法だ。瞬時に腹も、頭も、足も、元ある姿に戻ってしまった。
過去に人類はドラゴンニュートを狩っていた。だったら倒す方法があるはずだ。
セプトンが雄たけびを上げる。
竜人化しているから人の言葉も喋れた。ところが、叫び声もドラゴン語も一緒くたである。突風がごとくの
叫び終わったセプトンは体を一度ブルッと震わせた。興奮した犬が自分を落ち着かせようとする仕草に似ている。
「おまえ」
人の言葉のみでセプトンは喋った。
「いま使った魔法は何だ?」
は? もしかしてこいつ、“サイレント・ギャラクシー”を知らない?
「教えろ。命だけは助けてやる」
脅しか。どうやら正気に戻ったようだ。さっきはこいつ、自分の腹に風穴を空けられ我を忘れていたんだ。俺を殺してしまったら俺からどういった魔法か聞き出せないもんな。また痛い目にあって目が覚めた。
しかしだ。“サイレント・ギャラクシー”を知らないとは。王国の魔法書に書いてあったことだぞ。ドラゴンなら知らないはずはない。
「答えないならおまえの体に聞くまでだ」
知らないということは、魔法書は人類が見聞きした魔法を長い年月をかけて書きためた書物ではないってことだ。ドラゴンさえも知らない魔法が書かれている。考えてみれば変だ。最初っから、あれだけ多くの魔法が魔法書には書かれていた。
他に可能性としては、竜王クラスのドラゴンしか知らない魔法。例えば、ローラムの竜王が俺に教えた『シン・ジェトラ・アルビレム』。自分しか知らないドラゴン語とローラムの竜王が言っていた。
あるいは、竜王さえ知らない魔法があの書には書かれている。いずれにしても、長年かけて積み重ねた結果、あれだけの分厚い書になったのではない。人類が魔法を使えるようになった時点で、それはもうそこにあった。
ローラムの竜王が最初の契約の際、人類に送った物だと俺は勝手に思っていた。もし、竜王が知らない魔法があの書に書かれていたとしたら。
おそらくは魔法書の存在すら竜王は知らないだろう。だとしたら、人類とローラムの竜王との架け橋となった者が別に存在するということになる。
転がる岩の主ヤールングローヴィが言った“創造者”か。だが、“創造者”は最古のドラゴン、ローラムの竜王が現れた時にこの世界から姿を消したという。
まぁ、いい。今はセプトンだ。光沢のあるエナメル質のような表皮のため、セプトンに表情は無い。目ん玉の赤い光だけが月明かりの下で揺らめいていた。
目の色から怒り狂っているのは紛れもない。俺をグチャグチャにして
俺もだ。一度成功した魔法は何度でも使えるんだろ。実際幾つ放てるか試してやる。いざという時に魔力切れみたいなことは避けたいからなぁ。やつは恐ろしいほどタフだ。丁度いい実験台となってくれよう。アトゥラトゥルには悪いがもう少し我慢をしてもらう。
心ここにあらずの俺にセプトンはいきりたった。威嚇するように
ところがだ。どういうことか突然、その歩みを止める。そして、空を見上げた。隙だらけで、完全に上空に注意を持っていかれている。
さっきまでのセプトンと違い、俺なんか眼中にない、ってかっこだ。そして、その原因はすぐに分かった。俺にも微かに聞こえた。やつが気にしているのは風を切る音。次第に大きくなっている。何かが、こっちに向かって来る。
新手か?と思ったその瞬間、目の前に爆音と爆風。ミサイルか何かが着弾した?
砂煙がもうもうとする中、丸い球体が姿を現した。ヤールングローヴィだ。地球儀のようにくるくると回転している。
クレーターは出来ていない。地表には着弾していないようだった。ミステリーサークルのような模様が、固い地表に刻まれていた。
回転は次第に遅くなっていく。やがて止まり、ガラス玉のような目がセプトンへと向けられる。
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