第119話 カイザーナックル
アトゥラトゥルの体は半分瓦礫に埋まり、ラキラはその瓦礫をどかそうとしている最中であった。俺とセプトンの戦いが始まり、ラキラは瓦礫を手に持ったまま俺へと視線を向けている。
ジュールはというと、ラキラの元に向かう途中、カンバーバッチに制止させられていた。その姿のまま固まっている。表情はラキラの元に行けず、いら立っている。
カンバーバッチは仲間と並んで高みの見物だ。俺たちを十分見渡せる位置で腕を組んで笑みを浮かべている。
そして、セプトン。さっきは竜人化し、飛行するアトゥラトゥルを俺たちもろとも地上に叩き落した。これから更なる攻撃を俺に加えようとしている。
身長は三メートル。黒光りする甲冑を着込んだような姿で、バスケットボールより一回りも二回りも大きい拳を振り上げている。
肩回りが異様にデカい。胸板も厚く、前腕に鎌のような爪が伸びている。背後には己が造った砂塵を尾のように引き、低空で俺に向かっていた。
十歩ほどの距離である。おそらくは俺の二歩程前のところで着地し、岩のような拳を俺に放つ。
だが、不思議だ。魔法はもう見慣れている。何があっても動じないと思ってた。やっぱり考えてしまう。実際こりゃぁどういう仕組みなんだ。
異世界だから、仮想現実だから、こういうもんだと言えばそれまでなんだがなぁ、あまりにも常識外れじゃないか。相対性理論も量子力学もあったもんじゃぁねえ。“サイレント・ギャラクシー”をこうやって眺めているとつくづくそう思うぜ。
月光を背にしているセプトン。赤く光る目は燃えるようだった。
戸惑いを引っ込めて俺は五歩、前に進んだ。移動した場所はセプトンが着地するポイントのちょっと前。そして、強化外骨格の前腕部に畳まれているカイザーナックルを起動させた。
カイザーナックルは通常、甲プロテクターの外枠になっている。使用時は手首側にある軸を中心に百八十度回転して拳をガードする。
鋭い金属音を立て、カイザーナックルが現れる。
材質はグングニル鋼で、俺の世界ではパワードスーツやロボット兵器、宇宙船などの素材に使われている。丈は二百五十ミリ。拳の前で逆Vの形状をしており、力加減によるが、貫通も見込める。また、幅三十ミリあるんで金槌のように拳を振り下ろすことで相手にダメージも加えられる。
カウンターを狙う。俺は足を広げ、グリグリと地面を削って足裏を土に埋める。場を固めたら、腰を下ろす。衝撃に備えないといけない。相手は弾丸、いや、二十世紀にあったという砲弾のようなものだ。
タイミングも合わせないといけない。“サイレント・ギャラクシー”の効果が切れると同時に飛んでくるセプトンのどてっぱらに拳を叩きこむ。
十秒という時間はすでに訓練して体にしみ込ませてある。…。8。9。
「時間は動き出す」
鈍い爆発音。そして、血しぶき。
まるでダンプカーを押し返しているようだった。体が後方に持っていかれる。踏ん張る両足が地面を削っていく。
視界はセプトンの腹しかない。よく分からないが、血まみれであろう俺の体。
まさか、とは思ったがここまでとはな。
カイザーナックルの威力を上げたのは強化外骨格の力ではなく、ほぼほぼセプトンの脚力。
セプトンが倒れて来たのでつぶされないよう右腕を腹から抜いて半身にかわす。セプトン自身、何が起こったか分かっていない。
俺はセプトンの肉やら血やら体液をもろに浴びてしまっていた。べっちょべちょだ。ワンパンかました時の爆発音は文字通り血肉がはじけ飛んだ打撃音。セプトンは力なく砂塵を上げて地に大の字に伏した。
俺は跳躍した。降り立った先はカンバーバッチの前。そして、胸倉を掴んで血まみれのカイザーナックルをカンバーバッチの頬にネジ付けた。
「回復魔法だろ。まずアトゥラトゥルだ。その後でお前らな」
当然、カンバーバッチも何が起こったのか訳が分からない。血まみれ、肉まみれの俺がなぜか自分を脅している。そして、セプトンだ。自分が脅されているのに地に伏して身動きすらしない。
取り巻き連中も驚きを隠せない。アワアワしている。俺はカンバーバッチを力強く一回揺さぶった。
「だからぁっ! 俺はドラゴニュートを倒すと言ったろうが! それとも何か、他のドラゴンでためすか!」
はったりだ。俺は血肉のシャワーを浴びたようなものだ。もうこんなことは金輪際お断りだ。
ショックを受けていたカンバーバッチはやっと我に返ったようだ。頬にある俺のカイザーナックルを握った。手が震えている。間髪入れず追い打ちをかける。
「小僧っ! 回復魔法だっつってんだろうが!」
カンバーバッチのカイザーナックルを握る手にさらに力が入った。目に怒りの色が見て取れる。が、それも一時。目から怒りの色は消え、俺から視線を外し、仲間に言った。
「わかった」
うつむいた下で言った。言葉は震えている。
「サイモン、回復魔法だ」
仲間の一人がコクっとうなずいた。ところがだ。サイモンというガキはカンバーバッチと目線を合わせない。それどころかその視線は遥か上。
普通、目を合わせないにしろ、意気消沈しているのだから目線は下に向くはずだろ。ところが、上。カンバーバッチはうつむいた下でニヤリと口角を上げている。震えていた声は笑いを
咄嗟に俺はサイモンとかいうガキの視線を追った。そこにセプトンの姿があった。どてっぱらに大きな穴を空けている。両の手を頭の上で握り、夜空の真っただ中を俺へと向かって落ちて来ている。
やつぁ、釘のように俺を地面に打ち込むつもりだ!
とっさに振り向き、俺はブラスターを取ろうとした。ところが、カンバーバッチが俺のカイザーナックルを強く握っている。しまった。これはそういうことだったんだ。
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