第九章 サイレント・ギャラクシー

第118話 魔法


フィル・ロギンズによると、一瞬にして都市を砂漠に変える魔法があるという。核や反物質兵器を俺に連想させた。


そんな強力な魔法は誰しも手に入れたいだろう。が、そうもいくまい。自分を中心に巨大なドームが出来たかと思うとその中が真空状態になり、地獄の火焔かえんで満たされる。自分を中心に、ってとこがミソだ。


ちょっと聞けばリーマン・バージヴァルが持つ自爆魔法の上位互換を思わせるのだが、ことはそう簡単ではない。結界のようなドームを造り、その中が真空状態となる。まるで空間魔法のようではないか。複合魔法といえないわけではない。


当然、地獄の火焔かえんはドラゴン語がやたらに長い。言いかえれば、より複雑な魔法陣を形成しないといけないということだ。


リーマンの場合も長いのだろうが、生命力に比例して爆発の大きさも異なるという条件付きだ。だからか、ドラゴン語の長さは地獄の火焔かえんより断然短く、三分の一にも満たない。それでも長い。


とはいえ、自爆魔法は事前に魔法を施せるから実用的だ。地獄の火焔かえんはドラゴン語が長いわ、リスクがデカいわで使いもんにならない。なんせ自分から電子レンジの中に入って自分をチンするみたいなもんだ。


ドラゴン語が長いと言えばやはり時空間魔法だろう。時間や空間を操るのだから神のごとくである。


例えば、亜空間を作り、そこで生活する。これも気の遠くなるようなドラゴン語が必要だ。生物が入れないアイテムボックスならその下位互換。ドラゴン語の長さで言うなら、亜空間で生活できる魔法より四分の一以下で済む。


結界なぞは更に難易度は下がる。亜空間の構築と出入り口を必要としないからだ。もっというとカールが使ったジャンプ。時空間魔法にしてみればドラゴン語が非常に短い。戦闘中に十分使える短さだ。


ただし、これも条件があるということだ。一度行ったところ、触った物のところでないと魔法が発動しない。


詠唱の長さと条件は何らかの因果関係があると見ていい。見方を変えれば、詠唱が延々と長い地獄の火焔かえんも魔法の威力からして短い方なのかもしれない。本来ならもっと長くドラゴン語を唱えないといけないが、条件リスクがある分、短くなっている。それだけの威力が地獄の火焔かえんにはある、ということか。


いずれにしても戦闘中に施される魔法には向かない。そこにいくと時空間魔法はまだ使い出がある。事前に施す事が出来、使いようによってはトラップのように仕掛けられる。


戦争において、自分の有利な地形に相手を誘い込むということは有史以来、言われ続けてきたことだ。戦いに時空間魔法を使うならそうする以外ない。


と、言うのがフィル・ロギンズの見解だ。そのうえで、俺は自分の魔法に時空間魔法を選んだ。自分自身には魔法を掛けられないということを踏まえて、下準備なく偶発的に起こった戦いにおいても、この魔法は十分に威力を発揮してくれると期待している。


セプトンの姿が消えていた。今まで居たところが爆発したように砂塵が舞い上がっている。蹴った足の摩擦で砂が巻き上げられたのであろう。


『ラウム・スム(サイレント・ギャラクシー)』


俺を中心に紫の魔法陣が現れたかと思うと光が放たれたごとくの物凄いスピードで魔法陣が展開される。地を走り、目に入るすべての光景を覆っていく。


セプトンが拳を上げた状態で、宙に浮いて止まっていた。俺に向けて飛んで来ていたのだ。それも低空飛行で。


俺へ真っ直線だ。今まさに十歩ほどの距離。動きが早すぎて分からなかった。舞った砂塵も俺の視野を奪っていた。


甘く見ていた。“サイレント・ギャラクシー”を使わなかったら、あのでっかい岩のような拳で俺は跡形もなく粉砕されている。


―――サイレント・ギャラクシー。この魔法は十秒間、時間を止められる神のごとくな魔法。しかも、ドラゴン語が非常に短い。


そりゃぁそうだ。なんせ十秒間、時間を止められる、ってだけの魔法だ。魔法を放った本人も時間が止まったことに気付けない。なにしろ、自分も止まってしまう。


なんて馬鹿げた魔法だ。だが、致し方ない。だからドラゴン語が短いのだ。


もし、この魔法を使い、時間が止まったことを実感したいのなら、事前に結界を張らなければならない。亜空間の構築ではなく、結界だ。しかも、上等なやつを。


結界は用途によって幾つかに分けられる。例えば、結界内を外から認識出来なくする目くらましのたぐい。あるいは、ある特定の何かを侵入させない。悪意のある者を排除するとかな。防御の類だ。


排除の方法も様々で、結界に触れた者を痛い目に合わせるってのもある。もちろん、風魔法やら水魔法でも防御魔法はある。効果を付加させることも出来る。空間魔法の場合は空間の支配である。防壁に重きを置く属性魔法とは一線を画する。


そんな結界を張るドラゴン語は長い。そのうえ結界という性質上、張った領域から一歩も外には出られない。時間の止まった世界を、ただ結界の中から見守るだけ。


人は魔法を四つまでしか覚えられない。その点から言えば、“サイレント・ギャラクシー”を使うならもう一枠もそれに割かないといけない。しかも、もし使用するとしてだ。


結界の中で“サイレント・ギャラクシー”のドラゴン語を唱える。成功するのであろうか。激薄で滑らかな、あたかもウエットスーツを着るかのような体にフィットした結界。しかも、魔法陣を結界外で展開させるため口だけは空いている。


そんな都合のいい結界はない。一見使いやすく、効果もデカい神の御業みわざのごとくな魔法を誰も選ばないのはこのためだ。ところが俺にそれはあたらない。いや、これは俺のためにあるような魔法と言って過言ではない。


特性スキル、竜王の加護。


ローラムの竜王はそれを自分の意思でオンオフ出来ると言っていた。俺にこのスキルを与えたことといい、ローラムの竜王はどんだけの怪物なんだ。

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