第117話 禁句


大岩壁の真ん中辺りで俺はラキラに拾われた。それでも落下していた。スピードは落ちたもののジュールの翼が裏返ろうとしている。ラキラだけならともかく、俺もとなると無理がある。


ジュールは必至だった。ほとんど錐もみ状態で旋回している。地面がみるみる近づいて来る。地上まで数百メートル。このままではうまく着地したとしても五体満足ではいられない。最悪、三人ともあの世行きだ。


覚悟せざるを得なかった。俺が一番先に着地し、落下の衝撃を少しでも逃がせればラキラとジュールは助かろう。俺は死ぬがな。そう思った矢先だった。


眼下に魔法陣が現れたかと思うとジュールはラキラを手放した。ラキラは解き放たれた矢のように魔法陣に向かう。体を一直線にし、魔法陣をくぐった。


ラキラの体はふわっと体が浮いた。ジュールが放った魔法陣。それは空を飛ぶ魔法だ。ジュールは大きな螺旋を描きつつ速度を緩めると羽ばたきつつ地上に降り立つ。ラキラはというと俺たちの傍にゆっくりと着地した。


取り敢えず危機は脱したようだ。ラキラの視線はアトゥラトゥルにあった。濛々と上がる砂塵の中、アトゥラトゥルは瓦礫に埋もれ力なく横たわっている。


肩で息をするジュールは、セプトンの動きとラキラの様子を交互に視線を送る。セプトンはというと、瓦礫を払いつつ立ち上がるとアトゥラトゥルから離れ、悠々と俺の視野を横切っていく。


すでに風の鞍の七人は大岩壁を望むようなかっこで俺たちを遠巻きに囲んでいる。ドラゴンたちも背後に控えさせている。一仕事を終えたセプトンはというと俺たちには興味ないようだ。俺たちに見向きもせず、カンバーバッチのガキの横に並んだ。


アトゥラトゥルは身動き一つしない。何度も大岩壁にぶつかったのだろう。一緒に落ちて来た石片に体の半分は埋もれている。死んでいるのか生きているのか分からない。ラキラがアトゥラトゥルの元へ向かった。


カンバーバッチのガキが腕を組んで、それを眺めていた。いっちょ前に髭を生やしていて、元々薄いのか、生やしたばかりなのか、その髭はちょろちょろっと密度もなく貧相で、その有様は無精ひげにもなっていない。


その口元がせせら笑っている。よほど大人として認めてもらいたいんだろう。一人前どころか、やっていることはとことんガキなのだがな。


「おい、お前」


俺の声に、カンバーバッチの視線がラキラから俺へと向けられた。


「ドラゴンなら回復魔法が使えんだろ。お前らのドラゴンに、アトゥラトゥルを直せって命じろよ」


カンバーバッチがキリキリと甲高い声で笑った。


「言葉を知らないんだな。それが人にお願いをする態度か」


他の六人も続いて笑った。良かろう。アホでも分かるように説明してやるよ。


「いやいや、俺たちは被害者。そして、あんたが加害者で、これは断言しよう。お前はこれから裁かれ、俺達に泣いて許しを請う」


「バカかぁ。この状況で?」


見ろとばかりに両手を広げた。


「おまえたちがこの俺様に命乞いをするんだ。だが、その前に、おまえの返事だ」


「返事? 返事ってなんだ」


俺の問いを無視し、カンバーバッチが叫んだ。


「動くなっ!」


ジュールがラキラの方に移動しようとしていた。それをカンバーバッチが止めたのだ。


「チビ、そのままじっとしてろ。正直、俺たちはラキラに用はない。後で回復するなり何好きなようにすればいい。ただし、金髪。おまえが俺たちと来るのが条件だ」


「なぜ俺なんだ。俺はお前に用はない」


「俺の下僕にしてやる。で、俺がしっかりしつけてやる」


カンバーバッチは犬の鳴きまねをした。


「犬のようにな」


他の六人も犬の鳴き声をまねる。


全く面白くもない。親が甘やかせ過ぎなのか、元々頭が悪いのか。いずれにせよ、程度が低すぎる。風の鞍の里長も頭が痛いだろう。アホにはアホしか集まらない。


「なぁ。一つ、いいか?」


カンバーバッチらは犬の鳴きまねを止めた。俺の言葉を楽しそうに待っている。取り巻きたちは俺が何を言おうとバカにする構えだ。


「お前たち、シーカーなんだろ? お前らの先祖はドラゴンと戦った。ドラゴニュートも何体も倒した。な、そうだろ?」


「ああ、そうだ」


カンバーバッチは粘っこく口角を上げた。俺を恐れろといった風に尊大に腕を組む。取り巻きたちが、こいつビビッてるぜとか、今までの威勢はどこに行ったんだとか膝を叩いて笑っている。


「おまえらはそんなシーカーの、面汚しだな」


その場が凍った。青ざめ、硬直する取り巻きたちの顔。どうやら俺はカンバーバッチにとって言ってはいけない言葉を言ったようだ。


「俺のこと、知った口をきくなよぉぉぉ、金髪ぅっ!」


カンバーバッチは怒号を上げた。額に青筋を立て、目を尖らせ、体を震わせる。取り巻きたちはというと縮みあがっていた。やつらの反応を見る限り、普段から八つ当たりされているに違いない。今日だって里のドラゴンを勝手に持ち出したのは、カンバーバッチに何かむしゃくしゃしたことがあった。取り巻きの連中らはというと、その鬱憤晴らしに付き合わされた。


出来るならアホの相手はしたくはない。だが、敢えてここは言わせてもらおう。


「知った口をきくなぁ? お前こそ言葉を知らないんだな。大人に向かって分かったような口きくなよ。ドラゴニュートを倒す。お前たちの先祖がやっていたことだ。それがこの俺に出来ないと誰が言い切れる。この状況がどうしてお前に利があると言い切れる」 


そして、俺はカンバーバッチを指さした。


「そこにいるクソガキに、それを教えてやろうって俺は言ってんだよっ!」


俺の見た目は十八歳だ。カンバーバッチも十八歳前後。髭を生やして背伸びしている。そんなガキが、同じ年頃に見える俺にクソガキと言われてキレないはずはない。


「セプトン! やつをっ! やつをぶっ殺せッ!」


強化外骨格の全機能を屈指すれば何とかあのセプトンも対処できよう。それに俺には魔法がある。フィル・ロギンズに幾つか魔法を見繕って貰っていた。竜王の加護で魔法が無効化してしまう俺に合いそうなやつだ。ここは敢えてその一つを使ってみようかと思う。

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