第61話 神の声
いざ動かそうと思うと緊張するものだ。鉄仮面の下で唇が渇いているのを感じる。俺は左手甲の起動ボタンを長押しした。
動かないって可能性はないわけではない。強化外骨格はフライホイール蓄電システムを採用し、磁場からの磁力で動く。フライホイールは背中に内蔵されていた。
バイクを乗る時の、ハードシェルタイプのリュックに似てなくてもない。見ようによっては河童の背中とも言える。
リュックには二本のヒートステッキが刺さっていた。背中から抜くと警棒のように刀身が伸び、高熱が発せられる。また、腰の両サイドにはブラスター二丁が装備されている。エネルギー弾を発射し、そのエネルギー量も摘まみで自由に調節できる。
動かないという事例は聞いたことがない。過酷な環境で使われることもあって、数々の難しい試験をクリアして強化外骨格は世に出される。
ただ、そうはいっても数千年も地中に埋まっていた。それほどの耐久試験は出来ないだろうし、もちろん、数千年の保証書なんてあったら笑える。
背中のフライホイールから音が聞こえた。聞きなれた、静かで滑らかな音だ。良かった。起動のボダンを押してからどれだけ長く感じたことか。思わずほっと息をついてしまっていた。これで一安心だ。
強化外骨格に装備されている武器は初期設定を終えてからエネルギー充填まで半日は掛かろう。今回は使い物にならない。
さて、続きだ。強化外骨格は俺の生体電流を読み取っているはずだ。完了すれば、パスワードを催促してくる。
キーの上にある小さなディスプレイに文字が浮かび上がった。同時に音声がした。
『パスワード入力』
俺が持っていたパスワードは十二の文字、“KGR1015JN410”だ。俺本来の名KAGURAJINから全ての母音を取って、名字の後に結婚記念日を、名前の後に娘の誕生日を入れた。
今、俺の体は神楽仁ではない。キース・バージヴァルだ。生体認証はキース・バージヴァルで行われている。
当然、俺のパスワードは使い物にならない。新たなパスワードをキーに打ち込んだ。
『ようこそ』
ヨシと心の中で言った。キース・バージヴァルが使用者と認められたのだ。やはり、強化外骨格パワード・エクソスケルトンは未使用品だった。
俺は左手甲のカバーを閉じ、黒色のなめらかな金属の表面をやさしく
「殿下」
カリム・サンである。顔が
「殿下。今の“ようこそ”は何です? もしかしてそれは………」
フィル・ロギンズと近衛兵二人について言えば、魔法の何かだと思っていよう。しかし、カリム・サンは違う。そんなことを俺に
カリム・サンの続く言葉は、“神の声”。
笑えた。罪なき兵団が飛び去った跡地で俺と一緒に掘り起こし、カリム・サンはそれを預かった。自分が大事に保管していたものが彼らの世界で言う神に関わる何かだとは思っていよう。
しかし、喋るとは思っていなかった。カリム・サンの表情は怯えにゆがんでいた。しかし、目の色は喜びに満ちている。
「ちがうな。テクノロジーだ」
「テクノロジー?」
長い話になる。カリム・サンには悪いが、俺は戦いを前にし、これ以上答える気にはなれなかった。
☆
闘技場は人で埋め尽くされていた。
丸いフィールドとそれを囲む観覧席。観客がフィールドを見下ろすすり鉢状のスタジアムであった。闘技場はそのまんまに、スタディオンと呼ばれていた。
サー・チャドラーコールがスタンドに木霊していた。チャドラーはすでにフィールドにいる。上半身は兜も鎧も何もつけていない半裸姿で、力こぶを観客に見せつけて力を誇示していた。カリム・サンらを通路に残し、俺もフィールドに入った。
フィールドは直径四十メートルほどの円である。床は砂地ではなく石板のタイルだ。堅いが、思ったより滑りにくそうだった。程よく磨かれている。
観客のチャドラーコールの中に、笑いが混じっていた。俺の姿を滑稽と見たのだろう、それで笑っているのだ。
チャドラーも俺がフィールドに入って来たのに気付いていた。ロングの金髪で、金色の口髭を生やしている。顎の髭は剃っていた。
金色が自身のシンボルカラーなのだろう。下半身の防具は金色で統一されていた。
近付くにつれ、チャドラーの表情が明らかになる。初めは
俺はプレートで体を守らず、棒のみが俺の体全体に張り巡らされている。辛うじて、守りが堅いのは背中のみだ。
観客の声はチャドラーコールより、嘲笑の方が多くなりつつあった。チャドラーが戸惑っている。
独り舞台になるはずだった。サー・チャドラー様もお可哀そうに。これじゃぁ俺の方が目立っている。だが、そうむくれるな。俺がアウエーなのは変わりないんだ。
俺はむしろ、辱められたり、理不尽な目に会ったりする方が性に合っている。讃えられたり、褒められたりすると気が抜けた。俺の力の根源は怒りなんだと今更ながらに気付かされる。
若い時は、生涯の職を軍とし、戦場で暴れ回っていた。俺はあの時、世の中に憤っていた。何もかもぶっ壊したかった。思春期から青年期にかけて誰しもが抱く青臭い正義感が原因だった。
俺は敢えて観客席を見渡した。決闘裁判なのだから傍観席が正しい呼称なのだが、厳粛な雰囲気はまるでない。どの面も品性の欠片もない。地位や名誉をすっかり忘れ、野蛮な本性をむき出しにしている。
観覧席の一区画に天幕が張られていた。球場ならバックネット裏に例えてもいいのだろう、アーロン王の席が用意されていた。
そこは空席だったが、隣に用意された席には執政のデューク・デルフォードが座っていた。裁判で俺をいびり倒した男だ。やつも俺を見て、笑っていた。
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