第60話 代決闘士


科学のもっとも有効な使い方―――。もちろん、それを使ってこの世界で暴れまわるのもいい。力でねじ伏せるのだ。それによって自由を得、自分の世界に帰れる手段を見つける。ラグナロクを探すという選択肢。


この世界が仮想空間、ゲームの中だとすれば、おそらくはそこに行くのが正しい選択なのだろう。科学を使ってドラゴンを倒していく。ゲームらしくなるじゃないか。


だが、そう結論付けるには時期尚早でないか、と俺は思う。この世界には魔法があり、ドラゴンがいる。ラキラのようなドラゴン乗りもいる。まさにRPGの花。


そこなんだ。もっともゲームらしい部分。魔法使いもドラゴンもドラゴン乗りも倒すべき相手だとは思えない。俺はもう一つのルートを選択する。


―――世界の秘密を知る。


ここからの逃亡はなしだ。誰に咎められることなく、大手を振って王城を闊歩しなければならない。それには今回のように、この世界のルールを有効に活用させてもらう。そのための科学だ。


手始めに最も強いやつを完膚なきまでに叩き潰す。もう俺に裁判を吹っ掛けようってやからはいなくなるし、逆に俺から裁判を吹っ掛けてもいい。


当然、俺の侍従らは科学なんてものは知らない。俺の腹ん中とは裏腹にコソコソと動き回っている。一縷いちるの望みを代決闘士に賭けている。


当然上手くいっていないようだ。二人ともまったく覇気がない。カリム・サンなぞはいつもの様に憎まれ口を叩いていいものなのに、がらにもなく低姿勢で俺に接して来る。


ふがいない自分にほとほと愛想が尽きている。フィル・ロギンズもフィル・ロギンズで、最後の晩餐を盛大にやってあげたいがそのマスクではなぁってつらしてやがる。


らしくない二人のつらを前にして、決闘裁判を二日後に控えた午後のことだった。


フィル・ロギンズが有望な代決闘士を見つけたというのだ。実際は相手の方が声をかけてきたのだが、名をデンゼル・サンダースと言った。


二メートルを超える巨漢で、しかも筋骨隆々である。サー・チャドラーに全く見劣りしないどころか、それよりも強い気がする。フィル・ロギンズは一度会ってくれと俺に懇願した。


戦闘の素人であるフィルであったが、その鑑識眼は間違いではない。おそらくはサー・チャドラーよりもデンゼルのほうが強いのだろう。なんせデンゼルは、シーカー十二支族からラキラ・ハウルの護衛を任された男だ。それにドラゴンと戦っているのだ。度胸もあるに決まっているし、動きも素早いはず。


魔導具を使わずとも生身の体でサー・チャドラーを倒してしまうのだろう。しかし、俺とすればラキラ・ハウルをこの件に巻き込みたくはない。どうせデンゼルはラキラに命じられて動いている。ラキラが俺を失うわけにはいかないと思うのは至極当然なことなのだ。


言うまでもなく、俺はその申し出を断った。俺には強化外骨格がある。彼らの手助けは必要としていない。


フィルがガックリしたのはもちろんなのだが、面白いのはカリム・サンだ。サー・チャドラーより強い男がいるとフィルから聞いた時は半信半疑だった。疑いの眼差しをフィルに向けていた。


サー・チャドラーに勝てるという戦士が無名だったということ。戦闘のせの字もしらないくせにサー・チャドラーより強い男だとフィルが評したこと。それでもカリム・サンは、俺が代決闘士を断ったことに対して落胆していた。フィルと一緒に出かけて行って、謝絶をデンゼルに伝えた後はもっと落胆していた。


多くの達人を知る武人がその目でデンゼルを見たんだ。後悔しないはずがない。


可哀相だが、そんな二人を俺は構っていられない。とにかく動体視力を鍛える。あとは全部、強化外骨格がやってくれる。サー・チャドラーの攻撃に反応できなければ強化外骨格も無用の長物なのだ。





「本当に、これでいいのですね」


カリム・サンは強化外骨格を俺に渡した。この部屋に入る前、入退室を管理する近衛騎士の検査が行われた。カリム・サンは強化外骨格をよろいだと説明した。大声で笑われ、他に用途があるんじゃないかと厳しい検査を受けるハメとなる。


堂々と鎧だと言い張ればよかったのだ。それをしどろもどろに話すから余計話がややこしくなった。カリム・サンは最後には、装備した者を神が守ってくれるありがたい品だと言った。


冗談ではない。これから神の手と戦おうなんて時にそれかよ。ギャグだ。笑われて当然だ。


近衛騎士の専らの関心は、俺がマスクを外そうとすることである。部屋に出入りする侍従二人は絶えず厳しい身体検査を受けていた。近衛騎士としてみれば、ヘアピンであっても見逃せない。


近衛騎士は、まさか本当にこれで戦おうなんて全く信じていない。逃亡する何かの手段だろうと決めつけていた。調べに調べてまだ納得いかず、カリム・サンと一緒に部屋に入って来た。


強化外骨格の生体認証は生体電流で行われる。生体電流とは生体中に流れる微量な電流だ。戦場での生き死にも確認できることもあって採用されていた。


生体電流の波形で個人を特定し、ロックを解除する。初期設定としては、俺が使用者だと強化外骨格に認識させ、ネットワークをつなぐ。


情報のやり取りや各種アプリを取得するにはが初期設定が完了しなければならない。もちろん、ネットワークはつなげようにもつなげられない。俺としても便利機能を使うつもりはないし、もし、それをやろうと思えばフルフェイスのヘルメットが必要となってくる。


ただ動いてくれればそれでいい。情報のやり取りやアプリは全無視だ。俺は強化外骨格を手順に沿って装着していく。


独りで着るには訓練しないと難しい。倒したバイクを起こせなければバイクの免許がとれないように、独りで着られないと強化外骨格での戦闘は許可されない。


俺は装着を終え、左手甲にあるカバーを開けた。キーボートがあり、起動のボタンがある。これを長押しすれば自動で生体電流を認識し、その後自作のパスワードを入れて初期設定が完了となる。

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