第62話 メッセージ

ふと、天幕のずっと上、その観客席に目が止まった。ラキラ・ハウルである。スタンド席の最上段にその姿があった。


シーカーの民族服ではなかった。カールのかかった赤毛が光の具合でオレンジ色っぽくもあり、ブラウンぽくもあった。喧騒けんそうのスタンド席にえていた。


俺に気付かれるように、そこに座っているのだろう。無言のメッセージだ。ラキラは何かをやらかそうとしている。それを伝えようと自らが出向き、俺が絶対に目を向ける貴賓席の後ろに陣取っていた。


大体は想像出来る。おそらくは、俺が殺される前にラチッて行こうという魂胆なのだ。ローラムの竜王から与えられたスキルのため、俺には魔法が通じない。カールが帰還式で消えたように、あるいは、俺とラキラがシーカーの里付近に飛ばされたように、魔法をかけて俺をどこかに飛ばすことはもう出来ない。


いつも一緒のデンゼルがいないことから、デンゼルの率いるシーカーの小隊がどこかに待機しているのだろう。この闘技場に魔法で飛ばし、力ずくで俺を王国から奪って逃げる。


より確実に王国から逃がすのであれば最悪、ドラゴンの登場も有り得る。俺には魔法が効かないが、ドラゴンの背には乗れるのだ。ヘルナデスの魔法壁をドラゴンがどうやって越えるかは疑問が残るが。


俺をラチる方法をラキラはどこまで考えているのか分からない。どうであれ、俺のことを大切に思ってくれるのはいいとしよう。だが、要らぬお世話だ。早々に、俺は大丈夫だと察してもらわなければならない。


アーロン王が現れた。エリノアも一緒だった。息子も連れてきている。ブライアンだ。多くの近衛騎士に守られて、席に着いた。


スタディオンは静まり返っていた。チャドラーはアーロン王の前に行った。俺も続く。チャドラーがひざまずくのを横目で見、その作法にならった。


執政のデューク・デルフォードが決闘裁判の開始を宣言した。名乗りは必要としないのだろう、立ち上がったチャドラーは俺を蔑むように見ていた。


今からやるんだろ? なに俺を見ている。国王様がお待ちなんだ。さっさと武器を取りに行けよ。


あっ! そうか。そういや、こいつ、相手に合わせて得物を選ぶんだったな。俺が動かなきゃ動けないってわけか。


これは失礼。貴賓席の前に武器が並べられていた。スピア、スパイク、ランスの各種槍とタガーからロングソードまでの各種刀剣。遠くからでも見栄えのいいようにどデカいグレートソードもあった。


さて、何を選ぼうか。ラキラは俺に無言のメッセージを送ってきている。俺もラキラにメッセージを送り返さなければな。どうせなら分かりやすいメッセージがいい。


俺はグレートソードの前に立った。スタディオンの飾りではあろうが、ちゃんとした本物だった。刀身の長さは二百センチ、幅は四十から三十センチ。刀身は研がれ、刃も鋭かった。


こりゃぁいい。手に取るとわざと重そうに引き摺ってフィールドの真ん中に移動した。


下段に構えた。剣先は石床についている。スタンドは笑いの渦であった。俺はその笑いを浴びるかっこでサー・チャドラーを待つ。サー・チャドラーは戸惑ったものの、やはりグレートソードを選んだ。


流石は勲功爵代決闘士様である。剣先を天に向け、地面に付けることなく俺の前まで来た。そして、難なく中段に構える。スタンドから歓声が湧き上がった。


だが、しかし、流石にずっとそのままで静止し続けるのは無理ってもんだ。グレートソードは長さと幅もあったが、厚みは五センチほどあった。かなりな重量のはずだ。二百キロはあるかもしれない。生身の人間には辛いはずだ。


がんばれよ。皆も応援している。スタディオンはチャドラーコールの渦だった。さぁ、どれだけ我慢できるか見ものだな。


俺は構える気も無ければ、先手を打つ気もない。待てばいい。我慢しきれなくなったら勝手に仕掛けて来よう。力尽きて、グレートソードを落とすような真似は勲功爵代決闘士様としては絶対に出来まい。


剣の切っ先は小刻みに動いている。シンボルカラーは金なのにチャドラーは顔も、胸も、腕も、みんな真っ赤になっていた。


限界なのだろう、気合の声を上げた。案の定、最後の力を振り絞るようにグレートソードを大きく振りかぶる。重みに任せて、グレートソードが俺に向けて振り下ろされた。


俺はそれを難なく下から上に跳ね上げた。勢いそのままに振りかぶる。背面へ向けてグレートソードは大きく弧を描く。


剣先が地面に着くか着かないところで踏み込んだ。剣はひるがえり、切っ先はチャドラーへと向かう。


ゴォッと風切る音。しなるグレートソード。白刃一閃、ピタリと止まった。剣先はチャドラーの頭上にあった。


スタンドは静まり返っていた。俺が真っ二つにされるはずだった。しかし、現実はサー・チャドラーが真っ二つにされそうになっていた。


チャドラーのグレートソードはいまや闘技場の端に転がっている。闘技場の中心から端までだから二十メートルぐらいは飛ばされたということだ。


ラキラには俺からのメッセージが届いたはずだ。実際、ラキラは席を立った。助けがいらないのに納得したのだろう。


俺は観客席の最上段から視線を下に移した。アーロン王と妃のエリノアがいる。そして、執政のデューク・デルフォードだ。貴賓席は平静を装っていた。デューク・デルフォード意外、何食わぬ顔で俺を見ていた。


どこからともなく殺せコールが始まっていた。それはやがてスタンド全体に広がる。俺の手にはグレートソードがあり、チャドラーには何もなかった。


アーロン王は席を立った。エリノアやブライアンもそれに続く。近衛騎士も従った。貴賓席に残されたのはデューク・デルフォードだけだった。


観客席はもう、殺せコールの渦である。決闘裁判はまだ終わっていない。どちらかが死ぬまで続けられる。殺せコールは俺への歓声ではない。結局、観客は人の死が見たいだけなのだ。


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