第56話 判決

しかし、可哀そうなのはキース・バージヴァルだな。今ならやつの気持ちがよーく分かるってもんだ。ムーランルージュの玉座に座り、これが王国の真の姿だと皮肉って楽しんでいた。思い付いても普通はやらないが、我ながらいいことを考えたとキース・バージヴァルは喜んでいたことだろう。


法檀も傍聴席も全て退出し、謁見の間は俺一人残されていた。法廷が再開されると同時に俺は有罪を言い渡される。だが、嫌な予感もする。教会がエリノアに繋がっているとなると、かなりディープな情報をエリノアが耳にしている可能性がある。


賢いエリノアがここで手を緩めるのだろうか。エリノアは機を逃さず有力勢力を一気に掌握したほどの女だ。


待たされている間、俺はずっと考えていた。教会の手下マフィアはキース・バージヴァルの欲望を満たす形で、考えや情緒を自分たちの思うように変化させていった。心身ともに手中に収めたと言っていい。そして、そのために犠牲になった者も少なくない。


嫌な予感は当たるものだ。開廷されたと同時に、法務大臣は新たな証人を召喚した。シルヴィア・ロザンである。


彼女は俺を見ることはなかった。うつむいて名前を告げるとこう言った。


「殿下を極刑にしてください」


傍聴席はざわついた。何時間も続けられた茶番劇で、こうもはっきりと言う証人は初めてだった。法務大臣は慌てることなくその言葉の真意を問いただす。シルヴィア・ロザンは声を震わせながらそれに答えた。


「殿下に仕えた侍女は私を含めこの五年間で五人です。二人は自殺。二人は逃げて行方不明。おそらくは、殿下に殺されたのではないかと」


シルヴィア・ロザンは怯えている。心底俺を恐れている。法務大臣は質問を続けた。


「二人は自殺。二人は逃亡。あなた自身はどうなされたのです」


「わたしも逃げました。でも、いつか捕まります」


俺は逃がしてやったつもりになっていたが、本人は逃げたつもりでいる。あるいは、わざと嘘をついているのか。いずれにしても、まぁ、そうなるわな。シルヴィア・ロザンが知るキース・バージヴァルは未だここにいる。


「なにがあったのです。被告人はあなた方に何をした」


「暴力を振るいました」 


シルヴィア・ロザンは涙をこらえているようだ。


「わたしが舐めるのが下手だからと言って」


泣き出しそうなのを必死にこらえ、言葉を続ける。


「殿下は部屋に帰ってくると全身を、私に舐めさせます。汚れを取っているつもりなのでしょう。性交の時も殴ります。髪の毛を引っ張るのも好きです。わたしをずるずると床に引き摺って連れて行きます。説教も好きです。私が何も知らないという理由で何時間も床に座らせ、ずっと話を聞かせます。かと思えば、私にではなく、どこかの誰かに説教をしだし、急に怒り出し、私を殴ります」


「あなたは被告人の極刑を望んでましたね。敢えてもう一度たずねます。あなたの望みは何ですか」


「逃げたら殺すと脅されていました。ずっと眠れません。隠れて暮らしています。人とも話せません。殿下が生きている限り、わたしはずっとそうしなければなりません。わたしだけではありません。これから殿下にお仕えしようとする人もきっと不幸な人生を送ることになるでしょう」


シルヴィア・ロザンの表情は蒼白で、唇も紫色に変色していた。十分にも満たないこの時間で何十歳も老け込んだように見える。この娘にとっては命がけなんだ。


可哀想に。だが、君はずっと怯えて生きるしかない。俺は死ぬわけにはいかないのだから。


「勇気ある証言、感謝する」


法務大臣はそう言ってシルヴィア・ロザンを帰した。傍聴席は静まり返っていた。判決を待っている。いや、俺に極刑が言い渡されることを今か今かと待ちわびている。


法務大臣はそんな人々の意思を確かめるように、視線を傍聴席で巡らした。そして、満場一致の雰囲気に満足したのか、裁判長である執政のデルフォードに言った。


「裁判長、証人全ての証言を終えました」


デルフォードは、うむ、とうなずいた。


「ご苦労であった。さて、被告人。判決を下すが、その前に何か言いたいことはあるか」


弁護人が例によって、ありません、と答えようとした。


だが、俺はそれを許さなかった。声を発する前に、手錠がはめられた両手で弁護人の胸ぐらを掴むと引き寄せ、折り畳んだ紙をその目の前に差し出した。


出廷前に書いておいた紙だ。いきなり出廷を告げられたら、これを書くことすら叶わなかった。裁判中は、しっかり手のひらの中で握り、隠し持っていた。裁判がいつ行われるか教えてくれたカリム・サンには感謝しなくてはならない。


俺が差し出した紙を目の前にして弁護人は、執政デルフォードに視線を向けた。デルフォードは苦々しい顔をしていた。想定外のことだったのだろう。


次に、弁護人は傍聴席に視線を巡らせた。傍聴する人々は紙に興味津々であるようだ。俺が意思表示したのは本法廷で初めてのことだったのだ。


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