第57話 主張書面

もう一度、弁護人はデルフォードに視線を向けた。デルフォードはうなずいた。


折り畳まれた紙を、弁護人は恐る恐る手に取るとゆっくりと広げていった。謁見の間の全ての人々が開かれようとする紙に注目していた。


証人がこれでもかと証言したのだ。悪逆、キース・バージヴァルが何を書いたのか、興味を持たないって方がどうかしている。


デルフォードとて例外ではない。積年のうっぷんを晴らす。その意気込みで裁判に挑んだ。紙に書かれた文字、それは命乞いか、あるいは罵倒か。いずれにしてもキース・バージヴァルが負けを認めたことになる。胸のすく思いになることは確かだった。


弁護人にしたってその想いは変わらない。国から弁護代が出ていると言っても、デルフォードに雇われたみたいなものだ。弁護人は雇主の喜ぶ顔が見たいに決まっている。


自身の将来もかかっているのだ。弁護人はまるで受験生が合格発表の掲示板を見るようなまなざしで俺の書いた紙を開いていた。


だが、残念だったな。俺はそれを許すつもりはない。紙に書いていた言葉は命乞いでも、罵倒する言葉でもない。案の定、弁護人は俺の字を黙読し、ショックを受けた。一瞬フラついたかと思うと二歩、三歩と後ずさった。


「な、なんとある!」


デルフォードは不安を感じたのだろう、そう叫んだ。


「け、決闘裁判」 


独り言のようにそう言って弁護人は、デルフォードに向けて紙を広げた。


「被告人は、決闘裁判を要求しています」


王族の裁判で、しかも、国王直々の告訴だ。前代未聞。異例中の異例。建国以来未だかつてない。公然と国王に決闘を申し込む。


誰も考えてもみないだろう。何事にも無関心を装うあの国王が自らの名において告訴したのだ。となれば、訴えられた側の末路は目に見えている。いくら被告人が王族だといってもお目こぼしなしだ。


だが、キース・バージヴァルがイカれているというのも周知の事実だ。アーロン王や法廷をないがしろにし、当局の努力を無駄にさせたいばっかりに、後先考えずやったことなのかもしれない。


それでも、国王自らが告訴しているのだ。キースの末路は決まっているし、かといって、辱められるなら死刑台で華々しく散った方がましだという美学も根性もキースにはない。泣きわめき、暴れることがあっても、まさか決闘裁判を要求するとは誰一人思いもよらぬことだろう。


百歩譲って、仮に決闘裁判をしたとしよう。キース・バージヴァルの潔白は晴れるのだろうか。


アーロン王は魔法が使えた。キース・バージヴァルは魔法が封じられている。だが、帰還式でアーロン王の魔法を無力化させてみせた。とすれば、勝敗の行方は腕っぷしにかかって来る。普通に考えれば、若いキース・バージヴァルに分がある。


だが、罪を晴らすことは出来ない。俺以外、この国の誰もがそう考えている。キース・バージヴァルは決してアーロン王には勝てないのだから。それは畏怖の念とか、心理的影響とかを言っているのではない。


この国の制度がそのように出来ている。カリム・サンが俺にアドバイスしたように、裁判でしおらしい態度を見せ、そのうえで命乞いをし、情状酌量を目指すのが合理的な判断だ。それでも、極刑と判決が出れば受け入れるしかない。アーロン王に逆らったこと自体が罪だと認め、諦めるのだ。

 

刑事事件においては、民事事件のような原告、被告という概念はない。被害者から告訴がなされ、当局が起訴し、裁判へと持ち込まれる。つまり、裁判するのは当局と被告人の間で、被害者が行う告訴は当局が行う起訴への切っ掛けでしかない。


だが、決闘裁判においては刑事も民事も、あくまでも原告と被告という関係で行われる。


言うまでもなく、民事では原告と被告が互いに弁護人を立てて法廷で面と向かって言い争う。そこで決着が付けば大抵の場合、双方が矛を収める。だが、刑事の場合、被害者が裁判で主張出来ない。そのうえで当局が負けるとなると被害者のうっぷんはつのるばかりだ。


当局がわざと負けるケースも有り得る。それは大抵の場合、被告人が王族や貴族の時である。これも被害者に不満が残り、間違っても公平とは言えない。


この世界では、そういった理由から決闘裁判が公然と行われていた。民事で言えば原告と被告、刑事でなら被害者と被告人、それらのうち誰かが決闘裁判を要求すれば相手は答えざるを得ない。


被告人について言えば、保釈金を納付すれば自由の身になれる。牢に入れられていては戦いの準備が出来ないからだ。


ただし、王族については保釈を許されない。魔法が使えるからだ。マスクが付けられたままでの監禁は決闘裁判当日まで続く。面会だけは裁判官の許しを得る必要がないなど規制は緩められるのだが。


この様に、この世界ではあくまでも公平性を目指すという姿勢で決闘裁判は行われていた。それでも、決闘裁判はとどのつまり、肉体を使っての殺し合い。女子供では屈強な男に太刀打ち出来ない。それで代決闘士という制度が生まれた。


裁判では弁護人。決闘裁判では代決闘士というわけだ。そして、弁護人と同じように代決闘士を生業とする者も多くいた。むしろ、弁護人よりも稼ぎがよく、血の代償を払うために社会的地位も上であった。


人気の職業でもあり、何人ものスター代決闘士がいた。決闘裁判では傍聴席ならぬ傍観席が用意されていて、人気のカードとなれば傍観席を取るのに長蛇の列が出来るほどだった。


人気があり過ぎて、見たくても見られない代決闘士もいた。傍観席が取れない彼らのほとんどが王室に専属していた。王家にその身を捧げているわけだが、裁判という性質上、騎士のように称号は与えられない。それを惜しんだ人々は誰ともなく彼らをこう呼んだ。勲功爵代決闘士と。





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あとがき


鬱憤うっぷんを一挙に晴らすべく動くキース。新章突入です。


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