第52話 証人


「殿下はまだ王族です。拷問は出来ません。ですが、有罪が決まればそうはいかない。なぜ、司法取引の誘いを無視したりしたのです」


『俺はカールにハメられた。どのみちやつの行き先は知らない』


何が命を賭けているだ、カール。賭けられたのは俺の命じゃねぇか。


俺は元の世界にいた時、おまえみたいなやつを大勢見た。戦っている兵士を時間稼ぎにし、逃げる上官。おまえはそんな糞野郎どもとなんら変わらない。どこにでもいる普通の人間っていうわけだ。


「そうでしたか。あの王太子殿下が」


信じられないといった風である。


「当局はイーデン・アンダーソンを疑っています。陛下もイーデン・アンダーソンに上洛を命じました。イーデン・アンダーソンはそれを拒み、邸宅に閉じこもって守りを固めているそうです。近く軍が派遣されるでしょう。戦いとなり、もしそこで王太子殿下の姿が見られるのであれば殿下の拷問はない。それでも、殿下の極刑は変わりません。王族の極刑は昔から火あぶりと決まっております」


ガリオンの竜王は死霊使い。俺が不死者になることを恐れているのだ。そして、火を使うからには革製のマスクでは心許こころもとない。なるほどな。それでご大層に鉄仮面なんだ。


「今からでも遅くはありません。何を考えているのです。殿下の情報が議会に有益なら我々も動かないわけではない。さぁ、お話ください」


有益ならか。議会はもうエリノアと繋がっている。俺が何を話したとしてもその関係には遠く及ばない。キースならいざ知らず、俺はそんな手には乗らない。


『俺は心の安らぎを求めているんだ。そっとしておいてくれ』


「分かりました」


カリム・サンにとって想定内の返答だったのだろう。がっかりもしなければ怒りもしなかった。顔色一つ変えず言葉を続けた。


「あなたは実に惜しい人物だ。陛下の魔法も寄せ付けなかった。竜王に会う旅も普通なら一ヶ月かかるところを一週間で成し遂げました。シルヴィア・ロザンを助けた手腕といい目を見張るものばかり。私たち二人は過ちを犯そうとしているのではないかと不安になってしまうほどです」


フィル・ロギンズも心配してくれているのか。二人ともありがとな。しかし、礼は裁判の後だ。


『過大評価だな』


カリム・サンは紙に書かれた文字をチラッと一目見ただけ。俺の戯言に付き合うつもりはないといったところか。


「私に一つ提案があります。お聞き届願いますか?」


『いい話だったらな』


「先ほど話したシルヴィア・ロザンをあなた側の証人として出廷させるのです。殿下が実際にどんな人物か、傍聴する人々に聞かせ、民意に訴える。さすれば、情状酌量の余地がある。刑も禁固刑で済まされるやもしれません。時間はもうありません。法廷は明日開廷されます。急ぎ弁護人を呼び、命じるのです。時間の猶予はございません」


裁判は明日! マジか。というか、デカした、カリム・サン。おまえは命の恩人だ。


しかし、あの糞弁護人め。マジ使えねェ。そんなこと一言も言ってなかったぞ。俺にも準備ってものがある。危うく死ぬところだったぞ。


と言っても、大した準備ではないがな。それだって、やるのとやらないのでは全く違う。生死を分けると言っていい。


しかし、シルヴィア・ロザンの方は頂けないな。本来の要件はこれだったのか、カリム・サンよ。それはあまり上手くない手だぞ。引っ張り出すとなると教会やエリノアどころか、アーロン王が黙っていまい。


『誰が裁く』


「執政デューク・デルフォード、国王陛下の末の弟君リーマン・バージヴァル殿下、国民会議議長バイロン・ワーグマンの三人。当局側は法務大臣オーガスト・アグニューが指揮しております」


『証人は?』


「私とフィル・ロギンズ。他は分かりません。当局に殿下の素行を証言しろと命じられました。殿下の侍従という立場から私たち二人は適任なのです。殿下が国家に対して如何に有害かを示し、国王陛下に不満があり、取って代わろうとしていると印象付ける戦略なのです」


『おまえはどういう証言をするつもりなのだ』


「かい摘んでいえば、むちゃくちゃな人だったが落馬以降は変わった。王族としての責任と責務を立派に果たし、弱い者を黙って見ていられないような立派な人格者になったと証言いたします」


だろうな。だから心配したんだ。そんなこと言ったら直ぐにおまえは首から下を失うぜ。


『落馬以降の証言はいらない。フィル・ロギンズにもそう伝えろ。俺の悪いところだけを話せ』


「えっ! なぜ?」


目を丸くしている。やはりいい考えだと思っていたようだ。


「言っている意味が分かりません」


『とにかく、シルヴィア・ロザンは法廷に呼ばない。おまえたちも落馬以降の話はするな』


「では、どうすると。議会に助けを求めない。シルヴィア・ロザンにも証言させない。私たちには黙っていろ。そんなバカな話がありますか。殿下とは話にならない。すぐにでも弁護人に会ってきます」


マジか。本当に弁護人のところに乗り込んで行きそうだな。仕方がない。


『じゃぁこうしようじゃないか。おまえたちが落馬以降の話をしないっていうのなら、俺はシルヴィア・ロザンを証人として出廷させる。これは最大限の譲歩だ』


「譲歩? 尚更めちゃくちゃだ。私とフィルが落馬以降の話をしなければシルヴィア・ロザンの証言に信ぴょう性が失われます。そうなればシルヴィア・ロザンは意味がないし、もし私たちが真実を話してシルヴィア・ロザンがいなければ、私たちの方に偽証ぎしょうの嫌疑がかかってしまう」


カリム・サンは語気を強めた。


「殿下、これはどっちを選ぶかって話ではない」

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