第51話 議会

弁護士先生は決まった時間になるとやって来た。テーブルに置かれた紙も使わずただ座っている俺に対して何をしに来るのかよく分からない。本人としては体裁を取り繕っているのだろう。


時間をつぶすためか、壁に話すように俺に話しかけて来た。どういうコネを使ったかは知らないが、こいつはいい仕事にありつけたと思う。


通常、裁判は取り調べなどの証拠に基づいて進められる。俺の立場で言えば、自白調書を取られることは致命的だ。だが、自白の強要どころか取り調べ自体ない。当局は現時点、俺が王族のためか全くの放置状態なのだ。


一方で弁護人は通常、法廷で被告人を弁護するだけでなく、取り調べの受け方などを被告人に指南する。まぁ、それはないからいいとして、他にも無罪を証明するための証拠や証人集めなんかもするはずだ。だが、こいつは証拠の有無や証人の名前なぞ、一度たりとも俺に確認したことはない。


王族を弁護するのだから金もいいだろうし、裁判結果は決まっているのでやることはない。ただし、この弁護人は裁判に負けてしまうのだからキャリアには汚点が残る。


要するに、こいつは元々無能のレッテルを張られていて、仕事もなく、よっぽど金に困っているということだ。


壁に話すという例え通り、弁護人が話すことはどれも俺とは全く関係なかった。俺が何も反応しないのをいいことに、自分の身の上を話すこともあった。


そこそこの貴族だったが没落したんだとよ。ていのいいうっぷん晴らしだ。大金を貰った上に、ストレス発散して帰って行く。知らねぇよ。家族そろって無能だったからじゃねぇのか。


今日も二時間たっぷりだ。これが一体どれくらい続くのだろうか。かれこれ五日目である。


弁護士先生のおかげで裁判は間違いなく俺側の証人なしで進められる。当局側でいえばキース・バージヴァルのことだ、証人はごまんと用意しているのだろう。差し当たって思い当たるのは侍従武官のカリム・サンと侍従のフィル・ロギンズ。この世界に来たばかりだから他は全く身に覚えがない。


フィル・ロギンズはともかく、カリム・サンは複雑な想いであろう。やつは議会の回し者で、その議会はカール・バージヴァルを推していた。本来なら喜んで跡目争いのライバル、キース・バージヴァルを追い落とすのだろうが、この件に限ってはそういう訳にもいくまい。


カール・バージヴァルが主犯で、俺はというと、共同正犯とも、従犯とも取れる。その俺を有罪にするということはカール・バージヴァルをおとしめることにも繋がる。議会はどういう決断を下すのか。


カリム・サンには辛い目に会わせてしまったのかもしれない。やつは武人だ。しかも、俺に心寄せてきている。武人ならではの忠義とやらで、俺を助けようなんて馬鹿な考えを持ってないといいが。


裁判の行方はもうはっきりとしている。もう俺以外、誰も覆すことは出来ない。余計なことをしそうでカリム・サンが心配になる。


頼むから生き様とか美学とか、そんなことを考えないでほしい。万が一、カリム・サンに何かあれば俺は終わりだ。俺としてもカリム・サンが最後の望みの綱なのだ。


部屋のドアが開いた。近衛兵が入って来て、面会だと言った。


ドアの前にカリム・サンが立っていた。あっちゃぁぁ、と思った。俺のネガティブな予想は大抵現実となる。


俺は紙にペンを走らせた。上の方に小さく一行書き、その紙をカリム・サンに見せた。


『自分の一存で来たんじゃないだろうな』


「ご心配なく。これは国民会議議長バイロン・ワーグマンからの要請です。弁護人の報告がどうも要領が得ないので心配になったようです」


一存云々うんぬんとさっき書いたその文の後ろに続けて一行書いた。


『要領が得ないとは?』


文はなるべく一枚の紙に収まるように書く。会話が弾んでもいいように出来るだけ上に詰める。カリム・サンが帰る時にはこの紙を持たせるつもりだ。会話の内容を知られないよう、人知れず処分してもらうのだ。


「殿下の態度です。弁護人は司法取引の話をしませんでしたか」


そういや、したような、しないような。


確か、カールはどこにいるのとか何とか言っていたな。言葉に迫力がなかったので頭に入って来なかった。あれはそういうことだったのか。返事に一回首を横に振ったっきりで、それからはまるっきりの無視だった。あの弁護人もちょっとは仕事をしていたんだ。


カリム・サンはため息をついた。俺が考え込んでいるのを見て、呆れかえったのだろう。


「そういう態度だから私がここにいるのです」


会話をもうちょっとしたいから長文は避ける。とりあえず、とぼけておこうか。


『そういうってどんな?』


「だから、今の殿下の、この態度です。あまりにも落ち着いていて気味が悪い。なにかあるんじゃないかとバイロン・ワーグマンがそう言っていました」


ぷっと吹き出してしまった。それは俺がドラゴンの領域を旅していた時のカールに対しての感情と同じだ。


『王権に対して殊勝な態度を示しているだけだ』


「ご冗談を。殿下はあのキース・バージヴァルです。泣いたり、わめいたりするはず。それがこのような態度ですから相手が勘ぐるのは当たり前でしょう。実際、殿下は何を考えているのです」


その前に、俺の方から尋ねなければなるまい。


『議会は俺をどうしたいんだ』


「議会はエリノア妃陛下に鞍替えしました。下級貴族の出ですし、次期国王ブライアン殿下の生母にあたるお方。そのエリノア妃陛下が魔法の件で我々に理解を示してくれました。我々としては、担ぐには申し分ない。残念ですが、殿下は危うい状況にあると」


理解を示したか。帰還式でのカールの言動が効いたってわけだ。もしかしてカールはこれを狙っていた。元恋人に花を贈ったんだ。弟の俺はというとそれに一役買った。だっせー。とんだピエロだぜ。


『殺されるのだな』





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あとがき


魔法なし、取引材料なし、味方なし。キースは作為さくいある裁判に勝てるのか。


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