第50話 弁護人


俺は何一つ、魔法を覚えていない。なにしろドラゴン語が喋れるようになったのは昨日のことだ。ただし、魔法を無効化させる特性、竜王の加護をローラムの竜王に与えられてはいる。


この場合、それが役に立つかどうか。火の玉とかイナズマとかは現象である。そもそもが不安定な存在でそのもの自体に本質はない。だが、飛んできているのは尖った金属のようなもの、つまり、物質そのもの。


これも無効化出来るのか⁈


そんな俺の心配をよそに、黒い槍は体に触れるか触れないかの所で次々と消えていった。何のことはない。アーロン王の魔法に対しても竜王の加護は有効であった。容赦なく襲ってくる槍は俺の前で全てが無に帰す。


命は救われた。だが、めちゃくちゃなのはアーロン王だ。どうも嫌な予感はしていた。足し引き計算できない馬鹿とまでは言わない。おそらくは魔が差した。気付けば、魔法を放っていた、ということなのだろう。


こうなった以上、アーロン王はもう後には引けまい。是が非でも俺を大嘘つきの、大悪党に仕立て上げなければならない。近衛騎士が瞬く間に集まり、俺を床に抑えつけた。そして、古典映画のキャラクター、レクター博士のような顔の下半分が隠れるマスクを俺に取り付ける。いかにも王族御用達って感じのマスクで、造りは上等、金属製だ。


やっぱりカールは糞野郎だった。灰色のドラゴンにイーグルの塔へ飛ばされたはずが、そこにはいなかった。己の転移魔法を使って自分だけが支配の空白地帯、ウインドウにトンズラを決め込んだ。


カールには奥の手があると俺は考えていた。追い詰められているのにどこか余裕がある。なんのことはない。このトンズラが奥の手だった。


何が俺は命を懸けている、だ。ローラムの竜王に対する宣戦布告も魔法でウインドウに飛ぶ予定だった。そして今回も、アーロン王がキレると見越していた。いや、わざと切れさせたふしがある。いずれにしても、俺はやつに取り残され、やつのために死ぬハメとなる。


キース・バージヴァルはカールの本質をよく心得ていた。全く他人の俺が頭にきているのだから、肉親のキースはたまらない。もし、キース・バージヴァルが実際にこのような仕打ちを受けたら復讐心が湧くどころか、打ちひしがれて立ち直れないほどに心が砕かれてしまっただろう。


もしかしたら、キース・バージヴァルは向こうの世界で平穏に暮らしているのかもしれない。妻のあんなら俺が本来の俺でなく、違う人間と人格だけが入れ替わっているとすぐに気付くはずだ。


キースはキースで甘ったれだ。孤立した状況から何とか脱出したいともがいていた。それは地下に偽の王宮を造っていたことからも分かる。性格も繊細過ぎて、人のちょっとした言葉や仕草を深読みしすぎて自分ひとりで勝手に傷ついてしまったりしていた。肉親のカールはというとキースを助けるどころか、自分の身代わりにしてキースを売っていた。


妻のあんは、一つ一つの仕草がゆっくりと丁寧だ。どこかゆったりとしていて彼女を眺めていると癒される。すさんだ俺が戦争屋から足を洗ったのも彼女のおかげだった。


娘の里紗りさもおおらかで、やさしい笑顔がよく似合う、人の話をちゃんと聞ける子だった。彼女らと生活すれば、あのキース・バージヴァルも閉ざした心を解き放ち、しっかり自分を見つめ直すであろう。


俺は今、竜王の門の狭い一室に閉じ込められている。カール・バージヴァルの口車に乗ってしまったのはさておき、これは既定路線だ。そもそもアーロン王の命令なんて糞くらえ、毒薬を飲ますつもりなんてなかった。


カール・バージヴァルがイーグルの塔から消えたと聞いた時はラッキーだと思った。この年になればつくづく思う。人生は上手くいかないものだと。


ちょっと笑えた。見た目は十八才なのだ。そんなキース・バージヴァルが人生に黄昏たそがれているなんて滑稽ではないか。


頬から顎にかけて覆うマスクを強いられている。おそらくは鉄製だろう。さしずめ鉄仮面だ。ドラゴン語を喋れないようにするための器具なのだろうが、手足の方は全くの自由だった。魔法さえ対処できれば他は脅威ではないというわけだ。部屋にはテーブルもあって椅子もある。


困るのは食事だ。口の自由が奪われて物を噛み砕けない。コップにも口を付けられない。だから、通常の食事は出来ず、果物が用意された。自分の手で絞って、呼吸のために開けられた穴から果汁を口に流し込むというスタイルだ。


アーロン王は正式に俺を告訴したそうだ。人心をかく乱し、国を転覆させようとしていたというのがアーロン王の主張である。いいだろう。受けて立とうじゃないか。


王族の裁判は通常、国王が裁判長となる。今回は公正を期するために告訴したアーロン王は法廷に出ず、裁判長の職も代理を立てるという。俺には弁護人が付けられた。学校を出たばかりの新人さんだ。


マスクにはガッチリ鍵が掛かっていて、取ることもずらすことも出来ない。だから法廷での答弁は全て弁護士先生に委ねられる。弁護人は見るからに青二才だ。おどおどしているうえ、健康上に問題がある。ずっと咳をしているのだ。


こんなことをしているより病院に行った方がいい。そうアドバイスしたかったがあいにく俺は言葉が喋れない。


テーブルには紙とペンが置かれていた。俺への配慮だろう。それを使えば弁護士先生にアドバイス出来るのかもしれない。だが、実際病院に行けと書いたら弁護士先生はどう思うか。


声に出して言うのと紙に書くのでは受け取る感じ方が違う。病状を心配していると受け取ってもらえればいい。喧嘩を売られていると勘違いされても困るってもんだ。


もちろんそれは書き方にもよる。分かっちゃいるが、なんだかんだと屁理屈付けて俺は書くのを拒んでいる。だが、仕方なかろう。俺は面白くないんだ。どうせ事実を訴えたとしても、俺の知らない所で紙は丸められゴミ箱に捨てられるってプランなのだろ。

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