第49話 介添人

木製の大きな扉が開いた。目に飛び込んで来たのは大勢の人々。耳に入ったのは王家をたたえる声である。俺はカール・バージヴァルに続いて謁見の間に入った。


正面には誰もいない王座があった。その両翼には王族と各省の大臣が立っていた。観衆はというと王座近くまで埋め尽くされており、俺たちの進む道を開けていた。


人垣の間を俺とカールはおごそかに進む。歓声などに応えるため手なぞは振らない。俺たちは真っすぐ前、からの王座を見据えていた。


やがてカールは王座の前まで来ると歩を止めた。俺はカールの後ろから斜め前に一歩踏み出し、カールの横に並ぶ。


これからアーロン王のお目見えとなる。謁見の間は静まり返えった。アーロン王を待つ観衆からは緊張が伝わってくる。暴君とまではいかないが、民衆の彼に持つイメージは気難しい男であった。


感情に左右されないが、抑揚よくようがない。物静かであるが、いつも何か言いたげである。厳格というより陰湿で、一本筋が通っているかと思えばそうではない。カールの恋人を妃に迎えたことなぞいい例である。


そのアーロン王が姿を現した。謁見の間の空気が変わった。おごそかなムードだ。王妃やら大臣やらは軽く頭を下げる。壇上に上がれない者らは皆、ひざまずき、頭を垂れた。


アーロン王が玉座に座るまで頭を上げてはならない。俺たちもひざまずき、頭を下げた。


玉座の前まで来たようだがアーロン王はまだ座らない。座れば、アーロン王は自ら、大儀であったと俺たちに声をかける。それを合図に壇上の者は頭を上げ、ひざまずいている者は立ち上がる。だが、未だその声はかからない。


おごそかなムードは消え、妙な緊張が謁見の間を支配していた。この空気の源は戸惑いである。これまでのお祝いムードが台無しであった。


というか、ぶち壊すつもりでアーロン王はそうしているのだろう。歓声が気に食わない。ひれ伏す先は我が身のみ。俺たち兄弟への当てこすりなのかもしれない。アーロン王は満足したのか、ようやく、大儀であったと声を発した。


例によって面白くなさそうなツラをしている。実際、面白くはないのだろうがその表情は、普段とまったく見分けがつかない。


言って悪いが、本当につまらない男だ。華がない。こんな男に俺たちは命を狙われている。カールは言っていた。ローラムの竜王の言葉をこの場で告げれば、アーロン王は私たちに手出しできないと。だが、そういう足し算引き算がアーロン王に出来るのか。今になって不安になってくる。


罪なき兵団を動かしたとか、泥酔し街の真ん中で落馬したとか、それらに対するアーロン王の処置を見ているとそんな計算など出来ないような気がしてきた。俺たちの命を狙っているのは王家の権威を保つためだけでない。それ以前の、もっと深い、感情的なところ。色々あろうが、一つ上げるとしたなら、嫉妬。


だとしたら、厄介だ。アーロン王は俺たちを殺す理由を絶えず探していたにすぎない。


「キース・バージヴァルはバージヴァル家の男子として、この度しっかりと責務を果たしました」


基本、長城から西はため息さえもローラムの竜王のものだ。秘密を保持しなければならない。帰還式での報告は嘘でいい。どうせなら、盛り上がる武勇伝が好ましい。


民衆ウケする話を創作するのも介添人の重要な役目なのだ。それによって民衆は旅の主役を信頼し、未来を託そうとする。引いてはバージヴァル家の名誉と繁栄に繋がるというものだ。


「キース・バージヴァルはドラゴンが巣くう森であっても物怖じすることはなく、実際ドラゴンに襲われても鬼神のごとくドラゴンを蹴散らしました。幾つもの旅の試練を克服し、通常一月余りかかる道程をたった一週間で走破しました。これは過去に類を見ない偉業と言えるでしょう。それだけではありません。ローラムの竜王もキース・バージヴァルの人となりに感服しました。ローラムの竜王は言っていました。キース・バージヴァル殿下、そのお力を我にお貸しくださいと。遡ること二年、ユーア国にてドラゴンが来襲したという事件がありました。あのドラゴンはザザム大陸のドラゴンで、実はザザムの竜王がローラム大陸を狙っているとのことです。二年前のドラゴンは斥候で、近くザザムの大軍がローラム大陸に押し寄せてくる。ローラムの竜王は我々の助力を欲しています。ザザムの大軍が上陸するのはまず間違いなくローラム大陸の東、このエンドガーデンのどこかでしょう。やつらと戦うためにローラムの竜王は我々に力を与えると言っておりました。すなわち、」


ここでカールは語気を強めた。


「ドラゴン語です。出来るだけ多くの人がドラゴン語を使えるようにする。魔法には魔法で対処する以外ないのですから」


謁見の間はザワついた。アーロン王に反応はない。いつものように、ただつまらなそうな表情でカールを見るばかりであった。カールは畳みかける。


「ローラムの竜王は、我ら二人にエンドガーデン全土の取り纏めを望んでいます。準備が出来次第、エトイナ山に向かいます。我ら二人が人々をエトイナ山まで導きましょう」


そう言うやいなや、アーロン王がキレた。


「よくもぬけぬけとぉぉぉぉ」


顔は引きつり、手が震えている。


『レム=ラオスム』


ドラゴン語だ。アーロン王の前に魔法陣が現れた。ファイヤーボールや身体強化など、相手を攻撃、あるいは己の攻撃力にバフを掛ける時に出る赤いやつだ。


一方で、カールも魔法陣を出していた。赤いやつではなく、紫色。それは灰色のドラゴンが放った魔法陣とまったく同じ色であった。カールはその魔法陣の中に自ら飛び込んで消えた。


空間魔法。そのうちの転移魔法をカールは使った。紫色の魔法陣も消え、カールが今しがたまでいた床に次々と黒い槍が刺さっていく。アーロン王の魔法攻撃だ。


黒光りする金属製のような槍を魔法陣の前に無数に作り出し、狙った所に向けて飛ばす。その槍が、俺の方にも飛んで来ている。あまりの数によけようがない。


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