第48話 口車
「陛下もあのようですし、現実は厳しいものです」
「なぁ、キース」
カールは呆れ顔だった。
「おまえは一体何者なんだ。ローラムの竜王はおまえを呼んだ。そして、余すところなく人々にドラゴン語を与えると言った。罪なき兵団を動かした私と会いたくはなかったのは分かる。だったら、おまえがローラムの竜王と会っている間、私をエトイナ山に登らせず、ロード・オブ・ザ・ロードの終点でシーカーどもといっしょに待たせておくだけでよかったんじゃないのか」
こいつ、俺が直接エトイナ山に飛ばされたと思い込んでいる。
「ロード・オブ・ザ・ロードは今や安全な道だとは言えない。現に俺たちははぐれドラゴンに遭遇した。おまえを移転魔法で直接呼び寄せるってことは、よっぽどおまえの身を
残念ながらこいつにはこう言うしかない。
「キース・バージヴァル。王太子殿下の弟です」
「分かった」
カールはため息をついた。
「分かったよ。もはやおまえがどこの誰なんて重要じゃない。こうしようではないか。人が大勢いる帰還式で私がこの事実をアーロン王に告げる。アーロン王が信じようが信じまいが関係ない。瞬く間にこの事実はエンドガーデン全ての人々の知るところとなろう。不吉な噂は広がりやすいものだ。それに私は人気者だしな。アーロン王が私の口を塞ごうとすればするほど私の言葉にリアリティーが増す。それが民衆を動かし、結果的に王族たちは追い詰められる。どうだ? おまえはただ、その時を待てばいい」
☆
早朝、俺たちはケルンを発ち、王都センターパレスに向かった。
俺はカールの提案を受け入れることにした。カールはこう言った。ローラムの竜王の言葉を私が告げればアーロン王の怒りは私だけに向く、そもそも私はローラムの竜王に宣戦布告をしようとしていた、その時に死んでいてもおかしくはなかったと。さらにこうも言った。
「竜王への宣戦布告を思うとアーロン王の方は楽なものだ。竜王と違ってアーロン王には私を殺す度胸はない。私は竜王の代弁者だ。アーロン王は竜王を恐れている。手出しはできまい。しかも、私は民意を得ている。帰還式で事実を告げているのだから、ザザムもガリオンもエンドガーデンに攻め寄せて来るのは皆の知るところ。そのうえでの、人々への魔法の開放。その私がアーロン王に殺されたとなれば民衆はどうなるか。怒りが爆発し、国の秩序は乱れ、憎悪はアーロン王へと向かう。それぐらいの計算はいくらアーロン王といえども働くだろう」
まるで自分がローラムの竜王に願い出て、魔法を皆に与えるよう交渉してきたかのような言い回しだな。カールは続けた。
「分かるだろ。アーロン王は私に手出しが出来ない。もちろん、おまえにもだ」
まぁ、カールの言葉は理に
やらせるだけやらせてみる。カールの口車に乗ってみることにした。
やがて竜王の門が姿を現す。竜王の門の方も俺たちの姿を見つけたようだ。角笛が鳴る。人用の鉄の扉も開かれて、俺たちがその通路を出る頃には王都では鐘の音が鳴り響いていた。
多くの人が竜王の門に集まる。これから始まる帰還式に参列できるのはその中でそのほんの一握りの者達だけだ。民衆は一目俺たちを見ようとひしめき合い、その混雑ぶりは人波に飲まれぬようあちらこちらで顔が浮いたり沈んだりしていた。
俺たちは白馬に揺られ、竜王の門の壁沿いに進む。緊張を隠し、悠然と手を振り国民の声に応える。彼らにとって俺たちは英雄なのだ。森にうごめくドラゴンの真っただ中をエトイナ山に向かい、そして、戻って来た。とんでもない冒険をしてきたのだろう。そんな羨望の眼差しで俺たちは見られている。
竜王の門に入ると謁見の間近くの部屋に案内された。帰還式の準備が整うまでここで待てというのだ。料理と飲み物が次々に運ばれて来る。パレードアーマーは脱がされた。帰還式にはまた着させられるのだろう。パレードアーマー無しでの儀式はさまにならない。
髪も整えられ、手足も洗われた。その全てを侍女らがやった。俺たちは何も言わず両手を広げ、突っ立っていれば良い。
やがて
たまに鳴る食器とナイフの音だけが広い部屋に響く。俺とカールの間には沈黙があった。ここで話すことは全て筒抜けなのだ。
俺たちは随分と長い時間待たされていた。あまりにも長くて少し不安がよぎってくる。やはりカールと一緒に戻って来たのがまずかったか。そんなことを考えていると執政のデューク・デルフォードが現れた。公爵の爵位を持ち、各大臣を統括する、アーロン王を補佐する立場の男だ。
「失礼なことをお伺いします。王太子殿下。予定よりお早いご帰還となりましたが、何か問題でも御座いましたか」
なるほど、ごもっともな質問。予定では往復一か月以上の旅だ。それが灰色のドラゴンとジンシェンのおかげで一週間ほどで帰って来られた。
『こいつには注意した方がいい。おまえのことを忌み嫌っている。ある事ない事アーロン王に告げ口しているそうだ』
カールは敢えてドラゴン語を使って俺に喋りかけてきた。俺もそれに答える。
『はい。それはなんとなく。この男は私とは目を合わせようとはしません』
「と、いうわけだ。デルフォード」
カールがそう言うと、執政デューク・デルフォードは深々と頭を下げる。俺がドラゴン語を使用したのを確認したのだ。御無礼、平にご容赦を、と言って部屋を去った。
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