第47話 妄想


誰が上とか下とか、飼い主か家畜かなんてどうでもいい。ローラムの竜王もいなくなる。ドラゴンと人の共生も始まっている。世界はもう、あんたの考えているように単純ではなくなっているんだ、カール・バージヴァル。


「王太子殿下のおっしゃることは分かりました。分かりましたが、それで王太子殿下は何をしたいというのです。期待していた罪なき兵団は飛び去って王太子殿下には何も残っていない。まさか叔父のイーデンに、クーデターの片棒を担がそうってんじゃぁないでしょうね。その前に王太子殿下は陛下に殺されます」


「私がなぜ、逃げずにこの旅に同行したのか考えたことがあるか、キース」


「はい」


考えたさ。さっぱりだ。


「ですが、分かりませんでした」


「私は命を懸けているって言ったよな」


「はい。ですが、それは例えで、そのままの意味で受け取るのはどうかと」


「どうかとは? 私に嘘いつわりがあるというのか?」


「そうではありません。罪なき兵団のこともある。命を懸けるというあなたの言葉をそのまま受け取るなら、あなたは一人でローラムの竜王と戦おうとしていたってことになる」


カールはフフフッと笑った。


「いやいや。それはいくら何でも無理がある。戦いにもならない」


俺もそう思っているから言っている。


「では、なぜ、この旅に同行したのです」


「それはだなぁ」 


カールは不敵な笑みを浮かべた。


「宣戦布告」


「えっ?」 


耳を疑った。


「誰が、誰に?」


「人類がローラムの竜王にだ。私たちはお前の家畜ではない。それを分からせる。王太子の私が宣戦布告すればローラムの竜王も黙っていまい。契約も白紙だ。そうなれば人類もドラゴンと戦わざるを得まい。ただし、先ずこの私がローラムの竜王に殺されるだろうがな」


そう言うとカールはカラカラと笑った。


狂っている。そりゃ、ローラムの竜王も門前払いするわなぁ。呆然とする俺にカールはお構いなしに熱弁を振るった。


「おまえも罪なき兵団が飛ぶのをその目で見ただろ。王都のやつらも全員が見た。罪なき兵団は生きている。だとしたらラグナロクだってそうだ。戦いとなれば、罪なき兵団もラグナロクも、人々は真剣に探そうとするはずだ。死しても私の意思は人々に受け継がれる。それが人と言うものだろ。ダラダラ生き長らえるドラゴンなぞには理解出来まい」


何が意思だ。あんたのやっていることはただの扇動せんどうだ。皆をめて戦争に追い込む。ローラムの竜王はそれを理解していたからこそ、あんたを招かなかった。


「どうせ奪われる命だ。それをどう使えば己の意思が人々に受け継がれるのかを私は考えた。己に恥じぬよう、王都でも命を掛け、私にしかやれないことをやるつもりだ。その前に、おまえの情報が欲しい。ローラムの竜王に何があった」


やべぇぇ、マジかよ、こいつ。何も分かっちゃいねぇ。誰が家畜だとかカッコつけて言ってやがったが、ローラムの竜王は味方であって敵ではない。敵は別の大陸にいる。この男には世界が広いってことを分からせなくちゃぁいけない。


「正直にいいましょう。王太子殿下は戦う相手を間違っています。ザザムもガリオンも、近いうちにローラムに攻め込んで来る」


こいつにローラムの竜王がいなくなるって言えばどうなるか。


ローラムの竜王が気になって、わざわざここで俺を待っていたほどだ。何をしでかすか分かったもんじゃない。それだけは絶対に言えない。


「なるほど。そういうことか。ローラムの竜王は老いて力が弱まった。それでザザムもガリオンも動き出したか。おまえがローラムの竜王に呼ばれたのはそれが理由だというわけだな」


ローラムの竜王の力が弱まったなぞ一言も言っていない。カールはザザムとガリオンと聞いて、ロード・オブ・ザ・ロードの状況と合わせ、勝手に妄想を膨らませている。


「で、竜王はおまえに何と言った。大方一緒に戦おうっていうのだろ。が、今の我々では戦力にもならない。古代兵器の在りかか? 動かし方か? 竜王は何と言った。教えろ、キース」


ため息しか出ない。と言っても相手は王太子殿下だ。出せるわけがない。


「言葉をお与えになります。王族といわず全ての人に」


「なに? いま何と言った!」


驚くのも無理はない。まぁ、その性根では考えも及ばないわなぁ。全部が全部、独りよがりなんだよ。


「言葉を与えるとのことです」


「ドラゴン語か」


カールは、はっとし、声を弾ませるように笑った。


「アーロン王が泣いて喜ぶわ」


胸のつっかえも取れたようでその笑いは泣き笑いであった。


想うことは少なくないはずだ。魔法を広く行き渡らせることすなわち、王家の終焉。家族のこと、そして、恋人のこと。


いけすかない糞ガキだが、その気持ちも分からんでもない。俺はしばらくそのままにしておいた。


囲炉裏の炎が時に音を立て火の粉を天に巻き上げている。月は丸く天高くにあり、淡い光を放っていた。カールの泣き笑いもやがて小さくなり、止んだ。


虫の声が夜のしじまに響く。気持ちを十分発散できたのだろう、カールは元のカールに戻っていた。


「で、どうするんだ、キース。アーロン王はおまえの言うことを信じようともしないだろう。まさか秘密裏に事を推し進めようっていうんじゃないだろうな」


よく言うよ。あんたがその時間を俺から奪ったのだろうが。死んだってことにすれば多少の時間は稼げたのに。


「王太子殿下のおっしゃる通り、陛下は一筋縄ではいきません。エンドガーデンに脅威が迫るまでこのことは伏しておきます」


「なに! エンドガーデンが蹂躙されるのをおまえは黙って見ているというのか」


何もしないわけがないだろ。こっちは竜王と約束したんだ。


「仕方ありません」


「そんなんでエンドガーデンが守れると本気で思っているのか、キース。時間の猶予もない。おまえともあろうものが信じられん」


察しろよ。俺はおまえとは組めないと言っている。


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