第46話 覚悟


光の導きに従って三つ目を通過し、その後二時間で二つ目まで来た。その頃には、日は暮れようとしていた。この日は早朝にシーカーの里を出て、エトイナ山で竜王に会い、イーグルの塔でラキラと別れた。とんでもなく忙しい一日であった。それでも、もうひと踏ん張りしようと思う。


光の導きがあるおかげで暗くても迷うことはない。すでにここは支配の空白地帯だ。はぐれドラゴンに襲われる心配もない。一つ目のケルンまで足を延ばし、そこで野営する。


メレフィス国で歓迎されないのは分かっている。カール・バージヴァルもどこに行ったのか分からない。何があったのか問いただされるだろう。だが、ローラムの竜王が消えて無くなることだけは何があっても言うまい。


カールが居なくなったのとそれが一緒になれば王国はパニックに陥る。ローラムの竜王は健在で、カールは冒険者となり、人類の発展のためローラム大陸の西へと向かった、とでもしておこうか。民衆はそれで納得する。


アーロン王には、命令に従い殺しましたと言えばいい。“竜王のものは竜王のもとへ  愛する人の亡骸であっても”云々と誓いを立てた。その通り、死体はドラゴンの領域、遠く西にある。カール・バージヴァルに関してアーロン王は何も言えまい。


アーロン王との対決はもう少し先にするつもりだ。クーデターを起こすにしろ、アーロン王を納得させるにしろ、まずは同志を募らなければならない。準備ができ次第、秘密裏にローラムの竜王の元へ仲間を送る。力をつけるまでは何としてでも粛清から逃れる。明日はいきなり大仕事だ。おそらく俺は難癖をつけられて拘束される。


野営するのは一つ目のケルン。王都センターパレスに最も近い地点だ。日の出とともに旅立ち、昼までには竜王の門をくぐる。心の余裕を持ってアーロン王と会いまみえたい。


ところが、そんな俺の目論見はもろくも崩れ去った。カール・バージヴァルだ。一つ目のケルンにやつが居たのだ。逃げたとデンゼルから聞いて安心していたのに。そう思った俺が馬鹿だった。


石の囲炉裏に火をくべて、兎を焼いている。カールは、来た時の様にケルンの台座に腰を落とし、炎を眺めていた。


「竜王と会って来たんだな」


驚くことに開口一番そう言った。


カールから見れば俺の帰還は、エトイナ山に行って帰って来たにしてはあまりにも早い。早すぎて、ローラムの竜王に会わずに逃げ帰って来たと普通は考える。


ところが、ローラムの竜王に会って来たと言い当てた。セイトで別れてからこうなることを予想していたとも取れる。なぜ、そんなにローラムの竜王が気にかかる。やれやれだぜ。


どういうつもりか知らんが、竜王の異変の理由を知りたがっていた。それでローラムの竜王に会おうともしていた。命がかかっているにもかかわらずだ。そもそもが訳の分からない男なのだ。一層分からなくなる。


メレフィスに戻っても、まさか本当に命は取られないと高を括っているのか。賜姓降下し、慣例に従ってアールソンの姓を賜って、自由気ままに生きるつもりでいる。


そんなことはない。アーロン王にローラムの竜王へ差し出されたって、おまえがその口で言っていたじゃないか。廃嫡なんて生易しいもんじゃない。それは生きて帰って来るなってことだ。取り付く島もない。逃げてしまうのが正解なんだ。


アーロン王の腹積もりは是が非でも落とし前を付ける。最悪、アーロン王直々に手を下すってことも考えられる。カールは魔法が使えるんだ。もし戦うのなら、アーロン王直々のお出ましってことになる。


内戦のようになれば、目も当てられない。俺は法を以て自らの潔白を晴らそうとしている。カールに掛けられた難癖も俺が裁判で晴らしてやってもいいと思っていた。国民にも愛されているし、カリム・サンだって期待している。俺はどんな裁判になっても絶対勝つ自信がある。


どっと疲れを感じてしまった。こんな訳の分からないやつの面倒を見るハメになるとはな。


とはいえ、ローラムの竜王と約束したんだ。こいつの真意がどこにあるか確かめなければならない。罪なき兵団を動かそうとしていたのもある。手放しで、ってわけにもいくまい。


「まるで幽霊と出くわしたってツラだな、キース。それともなにか? 私がここにいてはまずいのか」


「いいえ。ご無事で何よりです、王太子殿下」


「私とおまえの仲だ。そういうのはいい。とりあえず、ここに座れ」


カールに言われた通り、囲炉裏の前まで行った。そして、メレフィスを旅立った時のように、炎を挟んで向かい側に座る。


「ローラムの竜王に何があった」


やっぱりか。ロード・オブ・ザ・ロードの変化、シーカーたちの顔ぶれ。そして、現れた灰色のドラゴン。こいつはその真相が知りたくてここで待っていた。


「会ったんだろ? 話せ」


自分の立場をおいといて、ローラムの竜王に興味を持つあたり、腹に何かあるのは間違いない。まずはそれをはっきりとさせなくては危なくて、俺の方からカードを切るわけにはいかない。


「その前にはっきりとさせたいんです、王太子殿下。あなた様はご自身の置かれた状況をご存じで?」


「私はいずれ殺されるのだろ。アーロン王にはイーデン・アンダーソンの他にまだ弟がいる。私を守ろうとしたならそいつをこの旅に同行させた。アーロン王は私の身柄を竜王に引渡そうとしていたんだ。あいにくその目論見は見事に裏切られたがな。人の罪は人で裁けってことだ」


分かっていながらってことか。カールにとっても介添人は旅の途中で逃げるためのものじゃぁない。危険を覚悟でローラムの竜王に会おうとしていた。親子そろってなにが介添人だ。


「御理解されているのならなぜ、王太子殿下はここにいらっしゃるのです。私はちゃんと陛下に言い訳を考えていました。あなたはこの旅で死んだのです」


「姿を隠せというのだな。だが、それは出来ぬ相談だ。私は命を懸けている」


命を掛けている? かっこつけやがって。この期に及んで何を言っている。


「何に命を掛けているというのです。ドラゴンの居ない世界ですか? それは無理です。私は今回の旅でそう実感しました。悪いことは申しません。明日の朝にでも、ここから立ち去るのです。メレフィスを離れるのはほんの一時。すぐにでも戻って来られましょう」


「キース。おまえは考え違いをしている。私は家畜のように生きることを望んでいない。それならば死んだ方がましだと言っている」

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