第45話 大樹
『違うよ。里で飼われていたやつに聞いたのさ』
飼われたとはあまりの言い草だな。ラキラにまとわりついているおまえは自分のことをいったいどう思っているんだ。
『なら、ついでにもう一つ。なんでおまえは、はぐれドラゴンにならないんだ。ほら、おまえはヤドリギを持っていないだろ』
『それな。どのドラゴンライダーもそうだけど、ラキラはヤドリギと一緒の力を持っているんだ』
そういうことか。ドラゴンにとって一部のシーカーは世界樹の代わりになり得るんだ。ラキラは例えるなら大樹。
「そろそろ蝶の塔です」
ラキラはアーメットヘルムを被った。
「ロード・オブ・ザ・ロードに入ります」
俺には蝶の塔がはっきりと見えていた。それは魔法が使えない者にとってロード・オブ・ザ・ロードに入らない限り見えないものだった。蝶の塔はもう目前だ。俺も兜を被った。
ジンシェンは森に潜ったかと思うと蝶の塔で方向転換、ロード・オブ・ザ・ロードに乗った。森のトンネルをひた走り、ライオンの塔、そして、イーグルの塔へと向かう。
シーカーらの情報ではカール・バージヴァルやデンゼルらはイーグルの塔にいるという。ラキラは彼らと合流し、シーカーの里を北から順に十二の里全てを廻ろうとしていた。俺はというと、カールと一緒にメレフィス国に戻り、アーロン王と対峙する。
簡単な話ではないと思う。そもそもがアーロン王は俺たちを陥れようとしている。アーロン王が度量のある男でちょっとでも歩み寄ってくれたら有難い話なのだが、そうは問屋がおろさない。
魔法が使えるからこそ、王族なのだ。誰彼構わず魔法が使えるとなれば君主としての立場が危うい。アーロン王にとってそれこそ絶望の淵に叩き落されるようなもの。現に、カールとキースに対する行為そのものがアーロン王の恐れを物語っている。
カールは議会と繋がっているし、キースは本人の自覚がないにせよ教会と繋がっている。つまり、アーロン王は恐れのあまり、組織の純化、いわゆる独裁を目論んでいる。これは明らかに粛清である。
彼にはそうしなければならない理由がある。バージヴァル家の名誉、存続を何よりも重んじている。それ以外に何も興味がない。生きる原動力であると同時に、それこそが己の生まれてきた意味だと思っている。でないと、息子を使って、もう一人の息子を殺そうなんてイカレたまねはしまい。
すでに蝶の塔は背後に遠く、ライオンの塔も通過していた。俺はイーグルの塔を目前にし、竜王と会おうとしていた時と全く違った緊張感に襲われていた。アーロン王を倒し、メレフィス国をひっくり返すか。まさしくそれはクーデターだ。
その考えが頭によぎる。出来れば
これは人類存亡にかかわる問題。エンドガーデンが一つにならなければならないのに国同士が争っている場合じゃない。
仲間が必要だ。俺に賛同してくれる有力者を探さなければならない。それには大前提として、俺が生き残らなくてはならない。
あまり時間も掛けられない。ローラムの竜王の寿命はあと三年か、一年か、半年か、一か月か。向こうの世界にいる妻子も気に掛かる。
☆
デンゼルらの喜びようはなかった。ラキラが無事、帰って来たのだ。ラキラはというと、デンゼルらにエトイナ山での出来事を克明に話した。真剣に聞く様子から、彼らは一丸となってラキラの手助けをするのだろう。うらやましい限りだ。
なぜかカール・バージヴァルはいなかった。デンゼルが言うには灰色のドラゴンに一緒に飛ばされたはず、そのうえで、どこかに逃げたのかもしれないというのが彼の見解だ。
もしかして、一人でローラムの竜王に会いに行ったのかもしれない。あるいは本当に逃亡したのか。
いずれにしても転んでもただでは起きない男と見た。何か企んでいる。
まぁ、好きにすればいいさ。訳の分からないやつだったし、カールに頼ることはもう何もない。せめて俺の邪魔だけはしないでほしいと心から願うばかりだ。
俺はラキラと一時の別れを告げ、ロード・オブ・ザ・ロードをメレフィス国に向けて馬でひた走る。王都から連れて来た馬は二頭ともイーグルの塔にいた。ご丁寧にも灰色のやつは、デンゼルらと一緒に馬も飛ばしてくれていた。
二頭いるのだから乗り換えれば馬にかかる負担を減らせられる。目一杯飛ばすことが可能だ。道も石畳。焦る気持ちもあった。俺は馬に鞭打つ。
やがてロード・オブ・ザ・ロードのスタート地点に到達した。以前来た時は低木が折り重なって道を閉ざしていたはずだ。だが、そんなものは見当たらない。石製のアーチ型門があり、石畳はそこで途絶えていた。
ここから先は来た時と同じように、設置された四つのケルンを辿って王都に帰還すればいい。
確か近くに四つ目のケルンがあったはずだ。道に迷ってはいられない。視線を巡らすと木々の向こうに光りを見つけた。焚火とか松明とかの明かりではない。馬を引いてそこに行く。
ケルンがあった。無造作に石を積まれているようだがその先端は輝き、レーザーのような光線を東に向けて発していた。
光は三つ目のケルンの方向を指しているのだろう。魔法に目覚めてそれが見えるようになっていた。ぼおっと馬に乗っていたカールが森を迷わず、ロード・オブ・ザ・ロードの入口にたどり着けたのはこのためだった。
四つ目と三つ目のケルンの間はまだ、煙嵐の森の延長なのだろう。森はうっそうとしていた。進むのに苦労した記憶がある。今はもう慣れた道だ。三つ目のケルンまでの我慢だと思えば苦痛ではなかった。
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