第43話 ギフト

他の大陸か。なるほど、竜王にもメリットがあったというわけだ。ドラゴンにとって人の領域は緩衝地帯だった。


そういうことなら、分かった。多少のいざこざはこの際、どうでもいい。俺の世界ではどの国も大量破壊兵器を持っていた。魔法も科学も要は使い道ってことだ。


「といっても、まれびとよ。おぬしは乙女と違って皆に信用されていないようじゃ。おぬしの呼びかけじゃと誰も来そうにない。王族にも分かるように誰も持っていないわしの力を特別に与えるとしよう。世界の秘密を解くのにも助けになる」


請けた仕事の代償というわけか。仕事の内容とどうか釣り合って欲しいものだな。


「じゃが、その前に、わしと会った証拠を皆に示さんとな」


緑色の魔法陣が俺の頭上に現れた。竜王の指先に合わせて魔法陣は降下していく。


「これでドラゴン語を使えるようになった。そして、これがおぬしへの特別なギフトじゃ」


そう竜王が言うと、俺の頭上にまた魔法陣が現れた。今度のはジンシェンや竜王が竜人化した時と同じような赤い魔法陣だ。下がってきて俺の体を通り過ぎ、足元で消えた。


「竜王の加護というスキルじゃ。固有のもので常時発動する。おぬしに向けた如何なる魔法をも無効にする。攻撃はもちろん、呪いや混乱、チャームなどの状態異常はもとより弱体化も寄せ付けない。因みにわしのはオン、オフ出来るがなぁ」


パパッと俺の体が発光した。見たところ、俺の体は何にも変わってない。さきほどジンシェンがスピードアップするために魔法を自らにかけた。その時、俺はジンシェンの背中に乗っていた。おそらくは、それが無効化したのであろう。つまり、俺自身にもうバフは掛からない。だが、この力はそれを差し引いてもあまりある。


確かにこれは世界の秘密を解くのにも助けになる。計り知れない力に遭遇した時、ビビらないで済む。


いや、待てよ。竜王はオン、オフ出来ると言ってた。俺は常時。ってこれじゃぁ………。


ローラムの竜王が笑った。その声に合せ大地が揺れた。世界樹の枝葉がうねり、湖面が波立つ。外輪山には土砂崩れが起こっていた。


俺とラキラは立ってはいられなかった。大地にひざまずき、身をかがめた。


「おぬしは今、たばかられたと思ったな。わしはそんな姑息な手は使わぬ。心配するな。計り知れない力の前ではわしの力なぞものの役にもたたぬわ」


分かった。分かったよ。魔法が効かなければ元の世界に帰れないなんて考えた俺が悪かった。だからもう笑うのをやめてくれ。


笑いが止まった。カルデラ湖に元の静けさが帰って来た。竜王の表情にはまだニィッと笑いが残っていた。


まじかよ。なにが死ぬ間際だ。冗談きついぜ。


「冗談はさておき、」


じょ、冗談だったのかよ。全然おもんない。まじ笑えねぇ。


「おぬしにはまだ贈り物がある。わししか知らぬ言葉じゃ。ただし、今は使えない。おぬしも知っておろうが、人が使える魔法は四つまで。じゃが、この言葉はいつか使う時が来るであろう。その時のために必ず一枠残しておけ。おぬしが使える魔法は三つじゃ。絶対に忘れるな。その時が来たらこの言葉が必要となる」


その時が来るまで分からないか。まさか、その魔法で帰れるなんてオチはないだろうな。


ま、それはないか。小者がやるようなことはしまい。それにまた冗談で地震を起こされても洒落にならんしな。オッケー。スキルの不備の穴埋めって解釈でいいんだよな。


竜王が俺に手を差し出した。俺はゆっくりと竜王に向けて手を伸ばした。


竜王は俺の手首を握った。お前にもそうしろとばかりに目配せをする。俺は指図通り竜王の手首を握った。


「シン・ジェトラ・アルビレム」


そう言うと竜王は手を離した。


「この言葉を決して忘れる出ないぞよ」 


俺はうなづいた。竜王は軽く微笑むとラキラに視線を移した。


「さて、乙女よ。この世界を愛するおぬしには野暮な贈り物は似合わぬ。おぬしにはまた別のモノを用意した。わしの大切なモノじゃ。さぁ、手を」


手を差し出した竜王に、ラキラも手を伸ばす。竜王はラキラの手を取ると浮かびあがった。ラキラも宙に浮く。


二人は世界樹の枝を縫って、どんどん上へと昇って行く。やがて無数に重なる枝々の上から、声が聞こえた。


「おぬしらもどうじゃ、ラキラのおすそわけじゃ」


ジンシェンが俺の前でかがんでいた。


「乗れ」


背中の首の付け根から角が生えていた。左右からクワガタの大あごのように伸びていてギザギザの刃が付いていた。付け根の方はそれがなかった。俺はそこを握った。


「いくぞ」


そう言うとジンシェンはジャンプした。ひとっ飛びで幹まで到達する。着地すると幹肌みきはだを駆け上がった。


といっても、そもそもがムカデのドラゴンである。八本の手と二本の足を巧みに使い、世界樹に張り付くようにスルスルと登って行く。


あっという間に最頂部の枝葉を突破した。生い茂る葉の向こうに竜王とラキラ・ハウルの後ろ姿が見えた。二人は草原の上にいるかのようである。


その向こうは地平線まで埋め尽くす緑と青い空が広がっていた。外輪山の山並み、そして、コバルトブルーの湖。湖面には流れる雲と外輪山が映っていた。


竜王はラキラ・ハウルにこう言っていた。


「この景色を忘れないでいて欲しい。わしのたっての願いじゃ」





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あとがき


新章『うごめく王都』に移ります。王都でキースを待ち受けているものとは。



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