第37話 ジンシェン
「十二の里にはこのような世界樹の森があり、そこには必ず主がいます。私はその十二の主に選ばれた」
まさかとは思ったが、そのまさかだったとは。ラキラ・ハウルは預言にある“赤毛の乙女”。
大聖堂で赤毛の乙女の絵画を見た時は夢物語だと歯牙にもかけなかった。異形のドラゴンが背後にいるとなれば嫌でも信じざるを得ない。しかも、それが12体もいるってんだ。
となれば、答えは一つ。ローラムの竜王はラキラ・ハウルに用がある。俺に用があるわけではない。転移魔法をかけられた時の状況からしてもラキラ・ハウルをカールたちから引き離そうとしてた。俺はおまけだ。
不可解な点がないわけではない。灰色のやつはなぜシーカーの里付近にラキラを飛ばしたりしたのか。竜王の元に直接飛ばしたら良かったんじゃないのか。腑に落ちない。
ラキラに今さらシーカーの里はあるまい。竜王の元に直接送らなかったとなれば、竜王になんらかの意図があると見ていい。
「彼の名はジンシェン。わたしたちはジンシェンに乗せてもらってエトイナ山に向かう」
見たところ、翼は確認できない。そりゃぁそうだ。長過ぎる。どこかにはあるんだろう。巨大な世界樹を何巻きもしているのだ。
「飛べるのか?」
愚問である。思わず訊いてしまった。魔法かなにかで飛べるに決まっているからこのドラゴンで行くとラキラは言っている。
いや、もしかして魔法で俺たちを飛ばしてくれるのかもしれない。灰色のやつがやった転移魔法でだ。
「それとも魔法で俺達を飛ばすのか? 灰色のやつみたいに」
ラキラはクスクス笑った。
「帰りはどうするの? 歩いて帰るの?」
そりゃぁそうだ。竜王に魔法を使わせて、俺たちの望むところに送ってもらおうなんて虫が良すぎる。っていうか、思っていたとしても竜王を前にして口が裂けてもそんなこと言えやしない。
案の定、ラキラはジンシェンと呼ばれるドラゴンの頭に乗った。そして、ドラゴンをかたどったアーメットヘルムを被った。
俺も乗らないわけにはいかない。いいさ、心の準備は出来ている。ちょっと想像しているのと違っただけだ。月光に照らされて優雅に飛ぶドラゴン。マントをなびかせてドラゴンを駆る男たち。英雄的でかっこよかった。
ジンシェンの頭の表側、人で言うと後頭部に当たる部分だが、その
背中は小さな鱗が密集している。ぎっちりと固められているのだが、一メートル置きにアルマジロの甲羅にある筋のようなものがある。アルマジロが丸まった時に伸びるジャバラ部分とおなじ仕組みに違いない。
俺もアーメットヘルムを被った。
「失礼する」
とは言ったものの、ツルツルで掴むところがない。背骨に当たる部分が盛り上がっていて座るには丁度いいが、捕まるところがない。動き出したら滑って落とされそうだ。
「ラキラ。これって大丈夫なのか?」
「これを握って」
ラキラはワイヤーのようなものを前から送って来た。ジンシェンの髭か、触覚なのだろう。
俺の兜には
ワイヤーを握る。ラキラの見よう見まねで足を前に出して、筋のような鱗の切れ目に足を引っ掛け突っ張る姿勢をつくる。
「いい? では、行きましょう」
目の前に赤い魔法陣が現れた。ムカデのドラゴンは動き出すと自ら魔法陣の中に入って行く。当然俺たちも魔法陣を潜ることになる。
飛ぶのか。ムカデのドラゴンは徐々に加速していく。しかし、一向に飛ぶ気配はない。
世界樹が栽培された農園の中を森に向かって走って行く。木漏れ日が路面にまだら模様を描いていた。そこを猛スピードで駆け抜けていく。降り注ぐ光のシャワーを抜けると森に入った。
一転、薄暗い。まるでトンネルを走るトロッコである。右に左に振り回されたかと思うとあっという間に森も抜けた。目の前にドーム。回廊に入る。ドームの横を瞬く間に通り過ぎていく。
俺たちを乗せたムカデのドラゴンは猛烈な勢いで回廊をばく進している。このままいけば跳ね橋で、それを渡れば崖を掘削した宮殿だ。その先はない。
もう終点である。だが、減速はしない。それどころかさらに加速していっている。
飛ぶのか。いや、飛ばない。俺はみっともなく悲鳴をあげてしまった。ラキラもキャーキャー声を上げている。
驚くことに、ムカデのドラゴンは宮殿を垂直に駆け上がっていた。足を突っ張る俺たちの態勢はまるで逆さ吊りで、天地が逆になっている。手を離せば一巻の終わりだ。が、それもあっという間だった。
崖を越え、山を登っていた。ゴロゴロ岩が転がる山肌をなんでもないように尾根へと向う。すぐに長城が見えて来た。すこし平行に走っていつの間にかその長城も超えていた。今度は山を下って行く。
眼下には森が広がる。確かラキラに教えてもらった巻雲という森だ。ムカデのドラゴンはそこに向かっている。右に傾いたり、左に傾いたりとトロッコどころか、今やもの凄いGに襲われている。相変わらずラキラはキャッキャ騒いでいる。
おっさんの俺は生きた心地はしない。ムカデのドラゴンに乗って以来、まるで延々と続くジェットコースターだった。ガンガン登って行って下る勢いで加速し、コーナーを曲がる。まさか宙がえりまでしないだろうが、この勢いだとやってしまいかねない。
戦場でヘリや輸送機に乗っていたこともあった。あれはちっとも怖くはなかった。気流でガタガタ揺れたり、弾やミサイルが飛んで来ていた。思うにあれとこれとは別物なのだろう。もうすでに、ムカデのドラゴンは巻雲の森に差し掛かろうとしていた。
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あとがき
ローラムの竜王の姿とは。異変の理由、キースらを呼んだその目的とは。
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