第36話 進化

ドームから先に続く森の道は人の手で整備された自然公園のようだった。小川には橋が渡され、坂には丸太の階段が付けられている。


ラキラ・ハウルは森を奥へ奥へと進んだ。やがて立ち止まったところは森が開け、その先は農園のように多くの木々が整然と並んでいた。どの木の下にもドラゴンが居る。


丸まって寝ているやつ、鎌首をもたげて俺たちを見ているやつ。四本足に翼のやつもいたし、前足が翼になっているやつもいた。蛇の様に長いやつもいたし、岩のようにゴツゴツしたやつもいた。


驚くしかなかった。固唾を呑んでその光景を魅入っていた。昨夜、目にした光景から馬のように何匹かのドラゴンを飼っているとは思っていた。だが、これでは正真正銘牧場だ。ざっと見、三十体はいる。


「わたしたちはいつの頃からか、世界樹の栽培を始めました。実をたべるためです。栄養価が高く、飢餓に苦しむわたしたちを助けてくれました。その頃はまだ複雑な下処理をしなければ食べられないものでしたが、これもいつの頃かは分かりません。ドラゴンがヤドリギとした世界樹の実が、癖がなく、味がよくなることを知りました。実も多く成るのです。天候に左右されず、不作も無く、わたしたちの生活になくてはならないものとなっていったのです」


ラキラ・ハウルが世界樹から実を一つもぎ取って、差し出した。リンゴのようだった。赤く丸みがあり、見ようによっては大きなさくらんぼのようでもある。


ラキラはそれを俺に食べさそうとしている。だが、すぐ傍にはドラゴンがいた。寝ている姿はドラゴンだと言われなければ岩だと思う。ゴツゴツしたやつで、大きさはゾウほどある。


その実を手に取るには、俺はそこまで行かなければならない。距離にして五メートルほどある。もうすでに結構近付いているのにまださらに近付けという。


危険はないことは知っている。ラキラ・ハウルはドラゴンと話せるのだ。間違っても俺を襲って来ない。


とはいえ、慣れって言うものが必要だ。おそらくは、この岩っぽいやつがここいらで一番大人しいやつなんだろう。それを分かっていてラキラ・ハウルは俺を世界樹の袂に呼んでいる。


恐る恐る近付いた。俺はドラゴンを警戒し、ラキラの手から実を取った。ドラゴンは知らんぷりで俺に目を合わせようとはしない。ドラゴンも俺に気を使ってくれている?


ちょっと笑えたが、声に出して笑える状況ではない。俺は実をかじった。果皮は薄く、果肉はシャキッとしていてびっしりと実が詰まっている。果汁は濃厚、口いっぱいに広がる甘みと最後に軽い酸味。


高級フルーツだ。一度食べたら忘れられない味になること間違いなし。思わず全部食ってしまった。


手に種が残った。そういうことか。ラキラたちはこうやって世界樹の種や枝を手に入れていたんだ。


「何代にも渡って世界樹とドラゴンとの生活を続けるうちに、わたしたちの中にドラゴンと話せる者が出ました。おそらくは、世界樹の実の力なのでしょう」


世界樹によって体質が変わった。あるいは、世界樹の実を食べることによって突然変異が起こった。賢いドラゴンは環境に合わせて独自の進化を遂げているとカールは言っていた。賢いドラゴンは世界樹の実しか食べていない。


世界樹はドラゴンと同じく魔法の産物だとされる。魔法はイメージだとラキラは言った。進化は意思であり、目的だったとしたら。


突然変異などという偶然の結果ではない。これから人類の中でも淘汰が始まって行くのであろう。だが、言うにはまだ早急だ。環境に適応した進化こそが人類の未来だとは限らない。


ドラゴンと話せる人間とそうでない人間。シーカーはさげすまれている。シーカーが特別な力を得たと聞いたならエンドガーデンの人間がどんな行動を取るか分かったものではない。


ラキラ・ハウルは世界樹の農園を先に進んだ。ひときわ大きな世界樹があった。幹は直径十メートルほどあろう。太い木をさらに束ねたような姿をしている。そこから出た太い枝がまるで傘の骨のように広がっていて、細い枝が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。


まるでドームのようだった。ラキラはそこに入って行った。俺も恐る恐る付いて行く。世界樹の大きさといい、袂の暗い感じといい、どんな恐ろしいドラゴンがいるのか想像に難くない。


だが、拍子抜けした。ドラゴンの姿は見受けられない。この農園では一本の木に一体、必ずドラゴンがいると思っていた。


「タイガーはシーカーの里ではドラゴン側の代弁者。ちまたで囁かれるようにシーカー全体をまとめているってわけではないのです」


神託を請ける巫女みたいなものか。おかしいとは思った。十二人の、あの横柄な態度はないわなぁ。


それにしてもカール。いい加減なことばかり俺に教えてやがる。まぁ、カールが悪いって訳でもないんだがな。王族全体の認識が間違っている。


木の上の暗がりに、二つの光体を見た。それが枝を縫って近づいて来る。顔は平ぺったく、その幅は二メートル強で、胴もそれと変わらない。


ロード・オブ・ザ・ロードに出た灰色のドラゴンは、馬より一回り大きい赤いワイバーンの倍はあった。


さきほどの岩のドラゴンもゾウほどあった。だが、木から降りて来る影は大きくはなかった。


まるでムカデである。二メートル幅の物体が延々と連なる。足も幾つもあり、世界樹を巻きつくように降りている。


直径十メートルの幹を途切れることなく何周もしている。ムカデのやつの頭が俺たちの目の前まで来てやっとそれは確認できた。世界樹を何巻きもしている胴を残し、二十メートルほど上に最後尾はあった。


デカくないというのは間違いだった。おそらくは全長百五十から二百メートルぐらいあるのではないか。


ドラゴンの頭には大きな角がある。形はクワガタの大あごのようで、背中を表とするなら、目は側面に、口は裏側にあった。黒目ばかりの目で、半透明の膜、いわゆる瞬膜が閉じたり開いたりしている。口はサメのようだった。



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