第35話 はったり
「つまり、」
そう言って、ホスト役の男は唸った。
「殿下は何が言いたいのです」
「どっちにしろ、あなた方の秘密は保たれる。エンドガーデンでは俺の言葉には誰も耳を貸さないってことだ。そして、カール・バージヴァルはあなた方には手を貸さない。やつが罪なき兵団が生きていることを知っていたと俺は言ったよな。なぜやつに罪なき兵団が必要なんだ。おかしいだろ? だが、ちょっと考えれば分かる。それは使う相手がいるからだ。さっき言ったようにアーロン王もそれを察している」
「信じられない。王太子殿下はローラムの竜王と戦う気でいる?」
「よくよく分からん男だ。この旅でトンズラってわけではない。なら、タイガーが現れた時、ラッキーだと喜ぶだろ。自分がいなくなっても俺を任せられる。その素振りもないどころか本人も、なんでタイガーなんだと不思議がっていたほどだ。逃げるわけでもない。むしろ、ローラムの竜王に会いたがっているって感じだった。こんな男にあなた方は身をゆだねようとしている」
俺はタイガー、ラキラ・ハウルの前に行き、振り返って十二人を見渡した。
「つまり、俺の言いたいことは、ここにいるタイガーはあなた方にとって最善な選択をしたってことだ。それでも、あなた方は俺をここに引き留めておくつもりか。俺はそれでもいいぜ。渡りに船ってやつだ。ちょうど困っていた時に、ここにかくまってくれるってあなた方がわざわざ俺に言ってくれているんだ。国に帰れば捕まって、斬首か、絞死刑の身なのに」
ドームは静まり返っていた。そりゃぁそうだ。タイガーの意見に反して、こいつらは俺をここに留めおくと決めたんだ。はい、そうですかとはいかない。引くに引けないのが人情というもの。
よかろう。ダメ押しだ。
「ここからは、俺が言うことを信じても信じなくてもいい。まぁ、聞いてくれ。今の話からすれば、俺がローラムの竜王の元に行く必要がないってことが分かる。むしろ、ここにいる方が安全だ。渡りに船だと言ったよな。なのになぜ俺が、ローラムの竜王と合わせてやるとタイガーに言ったのか。おかしいとは思わないか。実は、俺はローラムの竜王に呼び出された異世界人なんだ」
呼び出されたとは、はったりだ。俺の異世界転移がローラムの竜王に関係するかどうかも分からない。
「俺にしたって元の世界に戻るには是が非でもローラムの竜王に会わなくてはならない。状況はあなた方と同じさ。なぁ、よく考えてみろ。俺があの悪童、キース・バージヴァルと思えるか。中身はおっさん。人にこき使われるサラリーマンの中年だ」
サラリーマンという言葉がこの世界にあるかは知らない。だが、この場合、無いのが好ましい。まさに、異世界から来たっぽいではないか。
「もし俺が上手く元の世界に帰れたらここでの記憶は当然、向こう側の別世界にある。あなた方の秘密は保たれる。それに、もしかしてだが、ローラムの竜王の異変は俺に関係しているやもしれない。あとはあなた方で判断してくれ。俺は言いたいことは全部言った。退席する。あなた方も俺がいない方が話をしやすいだろ?」
ドームを出て、崖を見上げた。
Vの字の一番深い奥の部分―――。そこは他の住居群とはまるで違い、整然としていた。
バルコニーは下から上へと等間隔に並べられている。彫刻や石造も飾られていた。
俺の後ろに衛兵が二人付いた。ここに来た時からずっと俺に張り付いていた男たちだ。俺は構わず、宮殿に向かった。
ドームでは上手く話せたと思う。それでも、俺をここに幽閉するというなら、やつらは完全にあほうだ。だが、きっとそうはならない。時間が必要なだけだ。
回廊を歩いて跳ね橋を渡り、宮殿に入る。ドームでの結論はきっと明日の朝にもたらされるのだろう。今夜は飲めるだけ飲んでやる。もし、明日の朝、旅立つのならラキラ・ハウルの言う通り、その日のうちにエトイナ山に着く。
俺はドラゴンに乗っている人を見た。あれは間違いなくドームにいた十一人だ。ヘルナデス山脈各地に散らばる里から飛んできたのだろう。もちろん、ホスト役の男が飛んでいる姿は見られなかった。だが、あの場に肩を並べていたんだ。間違いなくドラゴンに乗れる。
ならば、ラキラに乗れないはずはない。カエルのドラゴンを手なずけていたんだしな。どうやって手なずけたかは分からんが。
ともかく、俺は慣れないドラゴンに乗るのだ。ラキラがドラゴンを駆り、俺はバイクの後ろに座らされた女の子のようにラキラの腰にしがみ付く。ドラゴンへの恐怖と、落ちてしまわないかの不安の中で俺はドキドキする。そして、ラキラの背中に顔をうずめ、その背中に安心する。
これが飲まずにいられるか。まるで悪夢だ。
☆
朝起きて、すっかり板についたパレードアーマーを着込んだ。似合っていると思う。自分でもブーたれていたのが嘘のようだ。今は愛着が湧いて大のお気に入りになっている。セットであるソードベルトもかっこいい。
いつもの面子、衛兵二人の前で朝食を食べているとラキラ・ハウルが現れた。彼女が言うには、デンゼルたちはイーグルの塔にいる。デンゼルとは、タイガーの影武者だった大男だ。
昨日、狼煙が搭の頭頂部から上がっていたそうだ。魔法が使えない彼らがそれを見た場合、地上五十メートルから突然煙が上がっているように見えるという。
俺たちは、あの灰色のドラゴンに本隊から引き離された。なぜか本隊もボードゲームではないが、“スタートに戻る”を灰色のやつに
ラキラの推測だが、灰色のドラゴンはローラムの竜王に命じられてそうした。命より大事なヤドリギから離れるには奪われないという保証がいる。それが出来るのは各森のジェトリ、そして、ローラムの竜王。
さらには、ロード・オブ・ザ・ロードへの入場許可を出せるのはローラムの竜王だけ。
だとしたらなぜ、俺たちだけが引き離されたのか。一方で、カールらは元の位置、イーグルの塔に戻された。お前らには用がないと言わんばかりだ。そして、昨日ドームで言った俺の、異世界人だという言葉。
ドームに集った十二人はその意味を考えざるを得ない。
出たとこ勝負だったが、イーグルの塔の狼煙のおかげで幸いにも、事実が後から追い付いてきた。
びっくりだ。はったりで押し切ったつもりが、ややもすると本当にローラムの竜王は俺に用があるのかもしれない。結界が一時的にしろ弱まったのも、ロード・オブ・ザ・ロードの庭師が朽ち果ててしまったのもそれに関係があるとまでは言えないが。
考え過ぎかもしれない。ただ単に興味本位かもしれないしな。カールもそんなようなことを言っていた。
なんにしろ、結果的にシーカーらは進むべき道を
俺はここを出ることを許された。喜ばしいことだ。ラキラ・ハウルは早速、俺をドームの先の森に案内した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます