第34話 敵意


ろうそくの明かりに、十二人とラキラが照らされている。その内十一人は、おそらくはさっきドラゴンに乗って来た者たち。マントを肩から掛けているやつ、宗教騎士が羽織るような外套を着るやつ、ロングコートタイプ、フードが付いた死神風。姿はそれぞれで、その誰もに威圧感があった。


シーカーの間では名の知れた者たちなのであろう。当然、ラキラ・ハウルもその一人で、タイガーと二つ名を持つだけはある。他のどの椅子よりも大きな椅子に腰を掛けていた。彼女がこの十二人の英雄を束ねている。


とはいえ、表情が堅い感じがする。疲れているのだろうか、ラキラ・ハウルに似つかわしくなく腕を組んで目をつぶっていた。


これまでのラキラの雰囲気とはまるで違う。そりゃぁな、分かっているさ。既定路線を勝手にくつがえしたうえ、相手がキース・バージヴァルだ。いかにタイガーとは言え一筋縄ではいかなかったのだろう。


ロングコートタイプの男が言った。俺を監視していた衛兵と同じ姿だ。


「二年前、ゼーテ国に突然ドラゴンが飛来した事件はご存知でしょう、キース・バージヴァル殿下」


こいつはこの里のリーダーか代表なのだろう。つまり、この寄り合いのホスト役。


「その件は、聞き及んでいる」


「エンドガーデンの者は皆、ドラゴンは海の向こう、ザザムかガリオンから来たと思っているそうです」


「そうですって? 違うのか?」


「はい。ドラゴンは結界を越えてエンドガーデンに入ったのです」


はぐれドラゴンは結界を越えられない。それを知らないシーカーじゃないだろう。


「ほう、それは面白い話だな。だが、それがもし本当なら大変だ。エンドガーデンの人々は安心して暮らせやしない」


「我々の仲間で見た者がいます」


「見た者がいる? 何かの間違いではないか」


「我々もそう思いました。それで、ローラムの竜王に会うと決めたのです。我々は殿下がエトイナ山に行くのを待っていました」


なるほどな。ラキラが旅に同行するのは二年も前から計画されていたって訳か。ホスト役の男が続けた。


「タイガーがおっしゃるにはロード・オブ・ザ・ロードでも異変があった。つまり、目撃証言の信ぴょう性が高くなったというわけです。どうやら事態は切迫している。是が非でもローラムの竜王に会わなくてはなりません。諦めるわけにはいかないのです」


「その件なら大丈夫だ」


確かにローラムの竜王に何かあったのは間違いない。


「あなた方が心配する必要はない。俺はそこにいるタイガーと約束した」


「残念ながら、殿下がこの里から出ることは叶いません。いかにタイガーといえども習わしには逆らえないのです」


やはりな。隠れ里に入った者は出れないというわけか。


「ならば、あなた方はどうやってローラムの竜王に会うというんだ」


「カール・バージヴァル王太子殿下と会います」


「そりゃぁいい。だが、会ったとしてカール・バージヴァルが、あなた方とローラムの竜王との仲介をしないと言ったら?」


「説得致します。事情を話せばあの方はきっとお力をお貸し下さるでしょう」


おめでたいな。こういうのを情報弱者っていうんだろうな。自分のいいようにしか物事が見えない。


「あなた方は罪なき兵団の事件を御存じか。カール王太子殿下はあれがまだ死んでいないことを知っていた」


「そうでしょうか。知っていたとは思えません。王太子殿下はただただ、王国のため、人類のために学術の発展を強く望んでおります。我々としても他人事ではない。古代遺跡は感慨深いのです。罪なき兵団なら尚更。それが見つかったとなればあの王太子殿下なら発掘するのは道理ですし、我々も喜ばしい」


そうか。こいつらは建前上、神の軍団側だった。そりゃ目も曇るよな。


「では、話しを変えよう。俺は急きょ、ローラムの竜王に会うことになった。どうしてだ?」


「急きょ? 大仰な。殿下が十八歳になられたからでしょ。それが罪なき兵団の事件と何の関係があるのです」


「俺は数々の行事儀式をすっ飛ばして、いきなりローラムの竜王に会うことになった。それはご存じか」


「そのようですな。申し上げにくいが、それは全て殿下がまいた種。誰のせいでもありません。殿下の素行が悪かっただけ。ローラムの竜王との契約を陛下に許されたのは殿下が馬から落ちてまともになったからだと」


「いくら言葉を重ねようが無駄ってわけだ。だが、これを見たらそう言えるかな」


俺は胸元から小瓶を取り出した。アーロン王が俺に渡したあの小瓶だ。


「毒薬だ」


ホスト役の前まで行くとそいつに小瓶を手渡した。


「幻覚作用もある。夢を見ながら痛みもなく死ねるらしい」


場がどよめく中、俺はドームの中心に戻った。ホスト役の男は小瓶をまじまじと見、隣の男にそれを手渡す。


「アーロン王が旅の最中、それをカール・バージヴァルに飲ませろと俺に命じた」


ドームは静まり返った。緊張感が漂う。敵意のまなざしが俺に集まる。


「心配するな。俺はあんたらの邪魔するつもりはない。ローラムの竜王に会おうが会わないが勝手にすればいい。そもそも俺はカールを殺すつもりはないんだ。小瓶は返してもらわなくて結構。捨てるなり、メレフィスを強請ゆするためのカードにするなりすればいい。俺の言いたいことは、カール・バージヴァルは罪なき兵団を動かしてアーロン王を怒らせた。今回の旅もなんのことはない。カール・バージヴァルをローラムの竜王に引き渡すためのもの。罪なき兵団はドラゴンの敵。ローラムの竜王がどう思っているのかは想像出来よう。それだけではない。もし、カール・バージヴァルがローラムの竜王に許されたとしても、王都を騒がせるようなことをまた起こさないとは限らない。古代遺跡に熱心だからな。アーロン王はローラムの竜王を恐れている。是が非でも禍根は断ちたいのだ。俺が魔法の契約しようがしまいがもう、どうでもいいところまできている」


「あなたは王太子殿下を殺すつもりはない。だが、命じたのは陛下。逆らったあなたはどうなるのです?」


「カールがピンピンして帰ってきたら間違いなく、俺は難癖付けられて投獄される。首尾よく俺がカールを殺したとしてもだ。因みにカールにしたって同じこと。毒はともかく、カール本人はアーロン王に竜王へ引き渡されたことを自覚している。俺が思うに、やつはまだ逆転できると信じている。どうやら奥の手があるようだ。上手くいけば骨肉の争い。まずけりゃその場でこれだ」


俺は首をかき切るゼスチャーを見せた。


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