第33話 招集


「殿下、お食事の時間です」


女が立っていた。広い袖の、胸元で布を重ねるタイプのゆったりとした服装。すでにテーブルには料理が並んでいる。酒甕とコップ、あんがかかった魚に炒めた野菜や米。俺は考え違いをしていた。


今更ながらまざまざと思い知らされた。シーカーは辺境の民族で、ドラゴンに絶えず脅かされ、敵対し、時には殺し合っていると思い込んでいた。


彼らは環境に適応したのだと思う。ラキラ・ハウルを見ていたら分かる。これは進化。


ファンタジーだな。まさにVR RPGの様相を呈してきた。


だが、しかし、例えこれが仮想空間の出来事であっても俺のやることは変わらない。ドラゴンに乗るなんて王族が知ったなら、カール・バージヴァルがこれを見たなら、どうなるのだろうか。きっといい結果にはならない。


シーカーは結構危うい立場にあると言っていい。彼らはそれを自覚してこの事実をひた隠す。ラキラ・ハウルは俺に言った。あなたは信用できると。


あれはそういう意味だったんだ。もっと根本的なもの。里の秘密を知られる。


ローラムの竜王への仲介を頼むとかそんな以前の問題。俺は酔いたい気分だ。面倒に巻き込まれる未来しか見えてこない。ちょうど目の前に酒甕がある。コップに酒を注いだ。


無色透明。匂いはきつい。味はというと匂いの感じからクセがありそうに思えたが、それはなく飲みやすい。


どちらかというと香りを楽しむ種類の酒なんだろう。それにこの酒は王族に出されたものだ。彼らにとっては最上級の香りがする酒なのであろう。


子供が遊ぶVR RPGにしては出来すぎだな。俺は酒の香りを確かめつつ、つまみにと魚にも手を付けた。


甘酢的な味がした。この酒と合う。食事に満足していることを給仕の女に伝えたかった。言葉を掛けようと女を見た。ところが女は料理の反応にはまるで興味がなく、俺の髪に釘付けだった。


自分たち以外の人種を全く見たことがなかったのだろう。金髪がよっぽど珍しいと見える。外の世界に出たことがないのはもちろんのこと、こういった人種がいることさえ知らないのかもしれない。


女の視線が俺の髪から、別のところに移った。と同時に月明りを何かが遮った。女は明らかにバルコニーの向こうを見ている。もしやと思った。


俺はバルコニーに急ぐ。眼下にやはりドラゴンのシルエットである。俺はバルコニーを背にして飯を食っていた。


気がつくのが遅かった。今度のやつも人が乗っているのだろうか。ドラゴンのシルエットが崖下のドームへと吸い込まれていく。


またしてもドーム。そこでは何が行われているというのか。ラキラ・ハウルは少し待って、とは言っていたが、あれから随分と時間が経つ。きっとトラブルに巻き込まれている。


ほどなくして、またドラゴン。背中にはシーカーが乗り、マントを棚引かせていた。


三頭目だ。なぜこんなにぎやかになっているのか。まぁ、大体は想像出来る。原因は俺だ。カール・バージヴァルなら穏やかに話が済むのだろうが、相手がキース・バージヴァルである。議論になってしかるべき。


シーカーの里は幾つもあると聞いていた。おそらくは各地のシーカーの有力者がここに集まって来る。もう、飲んではいられない。今後はどんな些細なことでも見落とさず、聞き逃しがないよう細心の注意を払う。


ともかく、飯だけは食おう。流れによっては飯がまた出されるとは限らない。力を付けておく必要もある。


ラキラ・ハウルに頼り切っていてはこの状況は打開できない。俺自身の問題として俺が解決するという強い意志がなければゲームオーバー、俺は一生この地に縛り付けられる。目の前にある事実はシーカーにとって最も重要な秘密なのだ。俺は完食して給仕の女を帰した。


思った通り、時間をおいて次から次へとドラゴンが飛来した。月夜に飛行するドラゴンは美しかった。天翔けるようなドラゴンがいたり、舞うようなのも、宙を切り裂くようなのもいた。


月光が醸し出す神秘的な雰囲気も画になった。青い光に照らされるシーカーたちがドラゴンと一体となって夜空にある。


始めは恐ろしくもあった。今は心を奪われている。ドラゴンの背にいる男たちはマジ英雄だ。敬意を払われるべき存在なのだ。


エンドガーデンで彼らがうとまれ、厄介払いされている事実を思うと何となく寂しくなってしまう。敬意を払うどころか、エンドガーデンの民としてカウントされていない。必要な時だけ利用する王族の傲慢さもさることながら、彼らに興味を持とうとしない無能ぶりには呆れ果てて開いた口がふさがらない。


 



十一体目のドラゴンが飛来して一時間ほど経った頃だった。俺は崖下にあったドームに呼び出されていた。十二人のシーカーとラキラ・ハウルが、円を描いて椅子に座っている。テーブルはなく、床にはローラム大陸が描かれていた。


俺はそのローラム大陸の真ん中に立たされ、全方位から視線を受けている。パレードアーマーを一生懸命磨いたかいがあるってもんだ。エンドガーデンの王族の威厳は保てたに違いない。


と、まぁ、威勢を張ってみても、これは自虐ネタだ。どこからどうみたって俺の立場は弱いってもんじゃない。エンドガーデンの民とカウントされていないシーカーらから見ても今の俺は厄介者以外の何者でもないのだ。


彼らの言葉を待っている。俺が呼ばれたということは、彼らはもう結論に達しているはずだ。こっちからはガタガタ言うまい。下された結論如何で言葉を発すればいい。堂々としていることが肝要だ。

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