第28話 少年

全くタイミングが合わなかった。魔法陣は俺たちの体をすり抜けていった。まるで全身を断層撮影されたようだ。ただし、普通の断層撮影と違うのは光の線が刻まれた先は消えて無くなった、というところだ。


足、腰、腹、胸と徐々に失い、最後に頭。気付けば、俺たちは山中である。少年に覆いかぶさって地べたに伏していた。


転移魔法―――。ドラゴンたちの狂宴が嘘のようである。閑散とした岩場であった。タカか、トンビかの鳴き声が聞こえる。俺たちはどこかに飛ばされていた。灰色のやつの仕業だ。


「大丈夫か」


俺は少年を揺さぶった。すると少年の胸元がモゾモゾ動いた。なんだろうと思っていると少年は慌てて俺の手を振り払った。


「下がって」


別に何もしやぁしない。ただ心配になっただけだ。誤解を解くため、俺は危害を加えるつもりがないと両手を上げてゆっくりと後ずさった。


どういうわけか、少年の前に赤い魔法陣が出来上がっていた。直感的に、やばいと感じた。その文様は見たことがある。灰色のやつのではない。カエルのやつのだ。


案の定、火の玉が発射された。前は野球ボール大だったが、今回はバスケットボールぐらいの大きさであった。俺はそれこそ、横っ飛びにかわした。


ファイヤーボールは背後の岩に当たった。ここいらで転がっている中で一番大きいやつだ。直径は五メートルぐらいあろうか。それが燃え上がり、ドロドロと溶けだした。まるで溶岩だ。


ライオンの塔で作戦を練っていた時、珍しくその時だけ少年はタイガーと一緒にいなかった。俺は今、その訳を知った。


少年の肩にカエルのドラゴンがいた。少年がドラゴンを手で押さえ、なだめている。が、しかし、拾ってきたにしろ、どうしてドラゴンが少年になついている。



いや、まずはロード・オブ・ザ・ロードだ。魔法が使えない者には見えない。だから一旦、外に出てしまうともう戻れない。森に投げ捨てられたドラゴンをこの少年はどうやって見つけ、その後どうやってライオンの塔に戻って来れたのか。


それにカエルのドラゴンである。少年になついているようだが、ドラゴンは世界樹しか拠り所たりえない。世界樹を失えば、馬鹿になってはぐれドラゴンになってしまうはず。それなのにカエルのやつはまだ魔法が使える。しかも、衰えるどころか、さらにパワーアップして。


もしかして、世界樹に張り付きっぱなしじゃなくてもいいんじゃないか。灰色は明らかに賢いドラゴンである。やつは普通に飛んで来ていた。カールは賢いドラゴンは身動き取れないとか言っていたけど実際は、世界樹を他に奪われたくないって程度のことじゃなかったのか。


だが、それでも、カエルのこいつは世界樹を失っている。馬鹿になっているはずだ。あるいは、カールから世界樹を手渡されたタイガーがどこかに植えたか。だったらこいつが魔法を使えても不思議ではない。


不思議ではないが、やはりこいつが少年に懐くのは不可解だ。


「君はドラゴン語がしゃべれるのか」


この質問は、愚問だ。ドラゴン語はローラムの竜王と契約しなければ喋れない。シーカーはその成り立ちからあり得ない。


百歩譲って、喋れるとしよう。ロード・オブ・ザ・ロードにも自由に出入り出来るし、カエルの世界樹もどこかですくすく育ってる。


「いいえ。魔法は使えないわ」


少年はそう答えた。当然だ。変な質問をした俺が悪い。この少年はまた別の能力を持っている。


まぁ、いい。それはおいておくとして、最優先なのはここはどこかってことだ。少年が何者かってことじゃぁない。俺はカールらとはぐれ、どことも知らない山中にいる。


森の中ならまだしも、ここは木一本生えていない岩場だ。ヘルナデスの尾根から下ったその中腹。眼下には森が広がっている。この風景から、人が住まう地域エンドガーデン側ではないのは確かだ。つまり、ここはドラゴンの生息域側。いつ、はぐれドラゴンが襲ってくるか分かったものではない。


「山を下ろう」


だが、少年は動かない。ここがどれだけ危険かは少年とてさっき目の当たりにしているから分かっているだろうに。


「ここにいたら危ない。さっきセイトで見ただろ?」


「大丈夫。この子がいるわ。この子が私たちを守ってくれる」


少年の肩にはカエルのドラゴンがいた。そいつはそこから全く動くそぶりもない。


「守ってくれるって、そいつとは会話も出来ないんだろ?」


「心で話すの。言葉なんていらない」


テレバシーか何かか。それとも霊感か? たまに動物としゃべれるやつがいると聞くが、こいつはそういうやつなのか?


一概には言えないがおしなべて、そういうことを言うやつに非科学的だとか、思い込みだとか、諭したって聞く耳持ってくれない。


そもそも思い込みが激しいから現実を主観でネジ曲げて解釈してしまってる。そんなやつに、それは思い込みなんだよって言ったってしょうがない。現実に対して歪んだ認識でいる以上、誰でもが分かる現実のみがそいつらに対して説得力を持つ。


「なるほどね。それで君はドラゴン語が分からなくても話ができるんだね。でもね、君。そいつはいつか、はぐれドラゴンになってしまうんだよ」


俺はカエルのドラゴンを指差した。この事実は、解釈の介在を許さない誰でも分かる現実なはずだ。


「大丈夫。この子はそうならないわ」


は、はぁぁ? そこまでか。思い込みは思い込みでもポジティブシンキング。


というか、その口調、やりにくいな。まるで女だ。


「キースさん。あなたをずっと見て来たけど、噂なんて信用できないものね。皆はカールさんを頼りにしていたけど、私はあなたを信用する」


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