第27話 ドラゴンハント

隊員は誰も逆らわなかった。タイガーがそう言うのならそれが正しい選択だと信じているからだろう。彼らは二年前、ユーア国で三匹のはぐれドラゴンを撃退した。アーメットヘルムの少年もそこにいた。彼らは絶対の信頼で結ばれている。


隊員の一人が背中のショートスピアを地面に刺した。石畳の路面にもかかわらず、ショートスピアは三分の一ほどさくっと地に沈んだ。土の属性を持つ竜の骨を削って作ったという槍である。魔法で出来た石畳といえどもものともしない。


そのショートスピアの石突きを、ウォーハンマーでぶっ叩いた。タイガーが持つハンマーと同じフェンリルである。ショートスピアの全てが地中に沈んだ。地面から出ているのはワイヤーと釣り針のようなかぎだけである。


隊員はそれをブンブン回し、ワイバーンに向けて投げた。かぎは宙を飛んで行き、ワイバーンの向こうに落ちる。それを素早く引き戻す。


鉤の針がワイバーンに刺さった。ワイバーンは痛がったり、驚いたりする様子もなく、未だ同じパターンの動きを繰り返す。タイガーは構わず、引けと隊員に命じた。


言われた通り、隊員が引っ張ったかと思うとワイバーンの下、その地面が盛り上がる。大きな口が現れて、ロード・オブ・ザ・ロードの半分を食いちぎった。


巨大なアンコウである。その例えはドラゴンからあまりにも遠くかけ離れているが、実際に翼もあり、足も四つある。まさしくドラゴンだった。


ワイバーンは疑似餌で、本体は狩りを失敗したと気付いたのか、いや、気付いていないのかもしれない。おそらくは、条件反射みたいなものであろう。地中に潜り始めた。


ところが、そうはならなかった。ショートスピアは地中から抜けることがなかったし、ドラゴンの体毛や髭を編み込んだワイヤーも切れなかった。鉤は毒竜の爪を加工したものである。針先は触れるものみな酸で溶かし、時間が経てば経つほど食い込んでいく。


アンコウのはぐれドラゴンは逃れようとのたうち回った。地面は揺れ、衝撃音は空に響き渡った。そしてそれは、瞬く間に多くのはぐれドラゴンを呼び寄せた。一斉にアンコウに食らいつく。


ワイヤーを切るべきだったが、それは出来ない相談だった。並みの剣ではワイヤーは切れない。ショートスピアは使い捨てで一度地中に埋めれば抜くことが出来ない。鉤はアンコウの口の中にあった。


そもそも捕らえて逃がさないための装備である。このような事態を想定していなかった。


それにしても、恐ろしい光景だった。数十匹のドラゴンがアンコウに群がり、皮膚を食いちぎり、血をすすり、内臓を引っ張り出している。


それでもアンコウはなかなか死なない。でんぐり返しでんぐり返し、砂煙を巻き上げてもがいている。


やがて砂煙の中にアンコウを見失った。吠える叫び声だけが聞こえた。喧嘩しているような、喜んでいるような、薄気味悪い鳴き声である。


はぐれドラゴンの狂宴だった。だが、それも長くは続かない。翼の羽ばたく音が次から次へと聞こえた。呼び寄せられたドラゴンはもう次の獲物を探しに行くのだろう。


砂煙も沈静化しだし、徐々に狂宴があった場所が露わになっていく。アンコウの姿はまだ見えない。おそらくはきれいさっぱり無くなっているのだろう。そしてその通り、アンコウはいなかった。残されたのは一匹のドラゴンである。何も無くなったのに性懲りもなく、こいつだけはまだその場で粘っていた。


深い赤色のワイバーンである。大きさは馬より一回りデカかった。それが俺たちに気付いたのか、馬と変わらぬスピードでこっちに向かって走って来る。シーカーたちは陣形を組んだ。盾を重ねて、ブレス攻撃に備える。


アーメットヘルムの少年が陣形の前に立った。そして、何を思ったのか、手を広げて赤いワイバーンの行く手を遮ろうとした。俺は馬から飛び降り、その少年をそこから離そうと腕を掴んだ。


だが、少年は動かなかった。赤いワイバーンも、なぜか突進を止め、じっと少年を見ている。頭を右に傾げ、左に傾げ、それはまるでペットの犬か猫が主人の話を聞こうと聞き耳を立てているのに似ていた。


と、そこへ、ロード・オブ・ザ・ロードの天井、覆いかぶさるように茂った木々が何ものかによって突き破られた。


デカいワイバーンである。灰色で、赤いワイバーンの倍の大きさだった。それが飛来して、その太い足で赤いワイバーンを組み敷く。それも束の間、灰色のワイバーンは赤いワイバーンの首を引きちぎった。


首はゴロンと落ちて転がった。灰色のワイバーンはわざわざそれをくわえ、草原へ放り投げた。そして、首を伸ばし、俺と少年にゆっくりと顔を近付ける。


赤いワイバーンは全身ゴツゴツした鱗に覆われていた。傷跡も幾つもあって、治りが悪かったのか、ただれているところが多くあった。


ことさら顔の部分は異様に思えた。首を防御するために後ろに伸びたツノも、歯茎の途中からも生えた歯並びが悪いキバも俺に恐怖を与えたが、顔にある切り傷や、ただれが広がっている傷跡は、ツノもキバも単なる脅しではないことを証明している。


だが、灰色のワイバーンは傷一つなかった。それどころか皮膚は滑らかで、さりげない光沢があった。それは鱗のようなゴツゴツでもないし、鏡面反射でもない。全身が体毛で覆われていた。表皮の滑らかさや光沢感は、細かく短い毛とその密度よって生まれていたのだ。


更に灰色のワイバーンには特異な点があった。目である。ブルーの目であったが、額にも目が有った。三つ目なのである。


俺は、はぐれドラゴンではないと確信した。それがどういう事態を引き起こすのかは想像にかたくない。カエル大の賢いドラゴンが、あの威力のファイヤーボールなのだ。


あの時は魔具の盾で軽減化出来た。もし、それがなければあの一発で二、三人は灰になってしまっただろう。それなのに灰色のやつはワイバーンの、その倍の大きさなのだ。


アーメットヘルムの少年は動かなかった。いや、動けないでいたのだろう。俺は少年を肩に担ぎ上げると走った。石畳から抜けると戻って来られないなんてもう考えていない。身を隠すには森の中が一番だった。


背後に異様な気配を感じた。何かが追ってくる。灰色のドラゴンではない。驚くことに、それは灰色のドラゴンが造った魔法陣だった。


カエルのドラゴンは魔法陣からファイヤーボールを放った。だが、灰色は魔法陣ごと放って来たのだ。


それがどういう魔法なのか俺には分からない。少なくとも、危険だということは分かっていた。俺はかわすため、飛んだ。


が、少年を担いでいることもある。それに体がキースってこともあった。鍛えてないどころか放蕩生活。


俺はとんだ大馬鹿野郎だった。この異世界に来る前の感覚で、飛んでしまっていた。


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