第26話 はぐれドラゴン

「今からすぐ十五人を先発させる。セイトまで到達したら待機。道中、もし、はぐれドラゴンが現れたら駆除させる。俺を含め六人とカール王太子殿下、キース殿下は安全を踏まえたうえで進む。出発は明日の朝」


タイガーを含め戦闘員は二十名だった。少年をいれると二十一人。その内、十五人を先に行かせる。先発隊と言っても彼らが主力だ。カールはタイガーのその意見に賛同した。


シーカーたちは俺たちの盾になろうとしている。当然、先発隊ははぐれドラゴンに接触したら指示通り戦う。俺たちはその後悠々と旅を続ける。何者にも従わないシーカーにしてみれば涙ぐましい努力じゃないか。彼らが何をしたいのか見当がつく。カールはそれに答える気持ちがあるのだろうか。


いいや、それはない。すまない、これは決まりなんだ、と肩を落とし、力なくこうべを垂らすポーズを彼らに見せるだろう。が、しかし、それはあくまでポーズであって本心ではない。もともとカールにはシーカーのために骨を折る気はさらさらない。やらせるだけやらせてポイっていう腹積もりなんだ。


大体、何もかも薄っぺらなんだ。上っ面を取りつくろうは言い過ぎかもしれないけど、兄とはこういうもんだ、王太子とはこういうもんだ、というステレオタイプを忠実に守っているだけ。心がない。言うなれば、ただ単に義務を遂行しているに過ぎない。


あの小さいドラゴンに対する行為からもうかがい知れる。


庭師はなぜ存在したのかをローラムの竜王の立場から考えてみれば分かることだ。ロード・オブ・ザ・ロードの維持管理もあったのかもしれないが、竜王としては不幸なドラゴンを極力減らそうとしていたんではないか。カールは恐れを知らないというか、竜王にこれから会おうっていう男の態度ではない。


カールは一皮むけば、不遜なのである。それは一見、革新と見違える。どの時代も人々は変化を求めている。しきたり、規則、習慣にとどまらず、あらゆる事柄に押し付けられ感を抱いている。そして、それにとらわれず、軽視したり、否定したりする人物に対し人々は拍手喝さいを送りがちだ。


だが、おごり高ぶった者もあらゆる事柄に対して軽視し、否定する。


そんなカールが自分の身を差し置いて竜王にシーカーの謁見を願い出るだろうか。残念ながらタイガーは世間の噂に騙されてカールを見誤っている。


なにしろカールは竜王に殺されるかもしれないという状況でありながら、小さなドラゴンを助けなかった。カールには出来たはずだ。魔法を使えるのだ。庭師の様にロード・オブ・ザ・ロードの外に出て、世界樹を植え替える。


別に本心から小さいドラゴンを助けたいと思わなくっていい。罪なき兵団を動かした罪滅ぼしでもいいし、それこそディールに使うでも構わない。だが、カールの頭にはまるでそのことはなかった。俺にはカールがローラムの竜王を軽んじているとしか思えない。


時刻は昼過ぎであった。タイガーはさっそく隊員を選抜し、先発隊を出発させた。彼らに何もないことを願うばかりだ。





早朝、俺たち八人は出発した。道中、戦闘の跡は見かけなかった。はぐれドラゴンが侵入しているかもしれないというタイガーの心配は杞憂に終わったようだ。ただ、ここでも庭師は朽ち果てていた。動かず、イーグルの塔とライオンの塔の間の庭師と同じように、道に放置されたままだった。


それ以外、旅は順調で、しかも先のことが心配とあって俺たちの速度は自然に上がっていた。夕暮れまで二時間を残し、野営地予定のセイト付近までたどり着いた。


先発隊の十五人は全員健在であった。ロード・オブ・ザ・ロードに光が差し込んでいるそのすぐ近く、森側の光が届かない暗がりに身をひそめるように陣取っていた。


ロード・オブ・ザ・ロードはまるで削り取られたように、天井から側壁にかけてごっそりと大きな穴がえぐられていた。


一か所だけではない。そんな風な場所がこの先、見える範囲でも何か所もあった。先発隊はその光が差し込んでいる幾つかの場所の一番手前を指差した。


遠目にだが、何かいるのが分かる。大型の犬ぐらいの大きさ。まさしくドラゴンだった。


フォルムはワイバーンだと言っていい。翼があり、長い首に長い尾があった。二本足で立ち、前足が翼で、コウモリと同じく飛行のための飛膜が指の間に張られていた。


飛行せず、歩いていた。地上に降りている時はゴリラのようにこぶしを地につけている。それはつまり、指は後ろ側に折れているということでもある。鳥のように翼が脇に収納されるわけではない。後ろ側に広げられ、ワイバーンはまるでマントをなびかせるように歩いていた。


ドラゴン界隈で言えば、このタイプはほぼ、はぐれドラゴンであるという。確かに飛行は世界樹の空きを求めて放浪するのに適した能力だ。とはいえ、元々ドラゴンの背には翼があった。賢いドラゴンは魔法と合わせその翼を使うらしいが、はぐれドラゴンには魔力がない。素で飛ぶ必要があった。ゆえに元々の翼は使われず、退化してしまったらしい。


さらに言うとすれば、ことエトイナ山周辺では、はぐれドラゴンのブレスはほぼ炎で間違いないらしい。場所によっては冷気だったり、毒ガスであったりと様々だが、この周辺では地殻活動が活発ということもあって、炎が主流だ。


小さいワイバーンはロード・オブ・ザ・ロードの草原側でちょろちょろと動いていた。先発隊が言うには、ここへ来た時からずっとあの調子だった。


サイズが小さいので、初めは追い払おうと考えたらしい。だが、下手に手を出して泣き叫んでもしたら大変だ。他のはぐれドラゴンを集めてしまう。ほっとけば立ち去るだろうと高を括っていた。が、とんだ馬鹿をみた。結果的に昼からずっとこの調子だった。


タイガーはアーメットヘルムの少年と何やら話をしていた。その後、下した判断は捕まえてしまおうってことだった。


あそこから動かないのであれば即死させ、死体をこっちに引き寄せるのがベストだと誰しもが思う。俺もそう思った。が、あの場所にずっといるっていうのもおかしい。同じ行動パターンを繰り返しているっていうのも腑に落ちない。なにかある。


とはいえ、道を空けてもらわなくては何も始まらない。あんな小さなドラゴンに先発隊が何も出来ず、悩んでしまうのも仕方がないことだった。


おそらくはアーメットヘルムの少年が好奇心を満たすため即刻駆除に反対したのだろう。少年の意見がタイガーの考えにどのように影響を及ぼしたのか分からない。だが、結果的にタイガーは捕獲を決断した。

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