第25話 セイト
「キース、下がれ。世界樹を失ったがまだ言葉を喋れるようだ」
カールの忠告は間違っていなかった。今までとは明らかに違う、文字や記号が多く詰まった魔法陣が形成されていく。
カールはドラゴンを背中から握っていた。異質な魔法陣が現れた途端、ドラゴンの向きを変えた。その先は盾を構えるシーカーだ。
魔法陣から野球のボール大の火の玉が現れた。それがシーカーに向けて飛んだかと思うと盾に当たって轟音と共に消えた。シーカーの盾は魔法を軽減する効果があるようだ。取り付けられた青い石にその魔力があるのだろう。
「いい勉強になったな、キース。これが魔法だ」
驚いたは驚いたが、そっちよりもこっちの方が気にかかる。
「そいつはどうするのです?」
「もうこいつは用無しだ」
そう言って、カールはドラゴンを森の中に投げた。そして、魔法を受け止めてくれたシーカーに礼を言った。
なんだかやるせない。気持ちは沈んでいた。魔法は素晴らしい、その力が手に入ると本来なら高揚するところだ。だが、あのドラゴンの今後を思うと手放しでは喜べない。
ドラゴンを飼う―――。小さくて可愛く見えたが、あれでも十歳ほどの知能だ。五年も飼えば俺より賢くなるだろうし、体だってデカくなる。魔力にしてみても、ドラゴン本体が手のひら大なのに、野球のボールほどの火の玉を生んでいた。
それに、ドラゴンが
☆
ライオンの塔は、イーグルの塔と蝶の塔の間にある。ルートインと呼ばれる中継地で、二つの塔の他にもユーア国の竜の門とも結ばれている。
ユーア国の王族がローラムの竜王に会うためには、まずここに入り、蝶の塔、三日月と星の塔と順に歩を進めていかなければならない。
ユーア国からライオンの塔までの距離は時間にして四日。アメリア国からはイーグルの塔、そしてライオンの塔まで四日。
言いかえれば、ライオンの塔は、アメリアからもユーアからもほぼ等距離にあるといえる。人間界に戻るという決断をしたのならイーグルの塔を経由せずともユーア国に逃げ込める。
だが、帰るというのは俺たちの選択肢にはない。これまでの行程で賢いドラゴンに出会った。まだ小さかったからいいものを、大きいやつに出会っていたらどうなったか。もしかして、旅は断念せざるを得なかった。
行けるところまで行こうと言うのである。ライオンの塔に入るとカールとタイガーはさっそく塔の頭頂部に上がった。
彼らが言うには、ここ、ライオンの塔と、その先、蝶の塔の間には旅の名所とされる“セイト”という場所がある。草原キングランが一望出来るポイントらしい。
ロード・オブ・ザ・ロードが煙嵐の森の端ぎりぎりを通り、草原は目と鼻の先となる。つまり、はぐれドラゴンの凶行が木々の間から見て取れる。過去、多くの王族がそれを目の当たりにした。はぐれドラゴンがいかに危ないかを学ぶのである。
ロード・オブ・ザ・ロードは魔法の産物だ。外部からは魔法を使える者にしか見えない。王族は安心して恐怖を楽しむのである。まるで動物園のライオンや虎やクマを見るように。
だが、今回の場合は、そうはいかない。カールとタイガーは南西の方角を見ていた。次に目指す
蝶の塔は薄っすらと小さく見えていた。そこから俺の足元まで視線を戻すと一か所、草原が森に食い込んでいる場所に気付く。蝶の塔からここまでの、ちょうど中間の辺りだ。
過去、多くの王族がそうしたように普通ならそこで野営するのだろう。だが、竜王の魔法も信頼足りえない今となっては、それは無謀と言える。セイトを抜けてから野営するか、抜ける前に野営して翌朝抜けるか。
カールらの判断は朝に抜けるというものだった。俺も賛成だ。夕方、慌てて抜けるのは肉体的にも精神的にも相当こたえる。
準備を整えて、セイトに挑んだ方が良い。朝方と言わず、一日中タイミングを見ても構わない。セイトを渡るのは次の日に持ち越してもいいぐらいの気持ちが必要だ。
とはいえ、あまりにタイミングを見計らうばかり、結果、
何にしろ、ここからだとセイトの状況は掴めない。斥候を出して、戻って来るまではここに待機しようとカールは言った。タイガーは少し違う意見で、斥候ではなく先発隊を出すべきだと主張した。
「ロード・オブ・ザ・ロードは各ジェトリの支配地域にあっても、ジェトリの力は及ばない。ローラムの竜王の所有物だ。ジェトリは命じられる意外、ここでは何もできない。それが何らかの理由でローラムの竜王の魔力が落ちていたとしたならどうなる? 最悪、セイトを入口にしてロード・オブ・ザ・ロードへの、はぐれドラゴンの侵入が考えられる。そして、入ったら最後、ジェトリには手が出せない。今まで森に入れなかったはぐれドラゴンはロード・オブ・ザ・ロードを好きに移動するだろう。時は一分一秒を争う。ロード・オブ・ザ・ロードはこれから先、見る間に状況が悪化していく」
こういっちゃぁ何だが、タイガーは見かけによらず頭がいいと思った。この異変に取り乱すことなく的確な判断をしている。そもそもタイガーは永らくバラバラだったシーカーを一つにまとめ上げた男だ。行為としては英雄的であり、知能程度も高いのだろう。
別に軽んじていたわけではない。が、俺は尊敬の念をもってタイガーに接しなければならなかった。
男色が原因で大勢殺したと噂される。知能程度は低く、かッとしやすいやつだと思い込んでいた。だが、そうではないようだ。大勢殺したという噂は大間違いで、それを回避するため、最初っから恐ろしい噂を流させ、少年にはマスクをさせていたのではないか。
あるいは、本当に誰かを殺したのかもしれない。そこで気付いたのだ。二度とそういうことにならないよう対処したとも考えられる。ともかく、知能程度は低くない。いや、むしろ、LGBTは才気溢れる者が多いのだ。
にしても、ドラゴンのアーメットヘルムの少年である。珍しくタイガーと一緒にいない。ここまで片時も離れることはなかった。タイガーはなぜ離れることを許したのだろうか。どうも引っ掛かる。
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