第24話 賢いドラゴン

俺たちは先を急いだ。日暮れまで目一杯移動し、夜明けには出発した。距離は大分稼げたようだ。昼過ぎには次の中継地ルートイン、ライオンの塔に入れるだろう。


カールはずっと無口だった。タイガーに全てを任せているようで、旅の行程などに指示もしなければ注文もつけない。タイガーもおそらくローラムの竜王に会いたがっている。それはカールも察していた。とはいえ、会わせるかどうかは別の話だ。


シーカーはローラムの竜王にお目見え出来ない。そういう決まりなのだが、それは当然のことであろう。シーカーとローラムの竜王は建前として、まだ休戦していない。


相変わらずタイガーと少年は仲睦まじい。二人並んでこの隊を先導している。平和そのものじゃないか。


誰がどう見ても、今のシーカーがローラムの竜王を倒そうなんて考えているとは思えない。はぐれドラゴンを駆逐するのが関の山で、それはむしろ、ローラムの竜王に手を貸しているとも取れる。


たどって来た歴史の過程でどっちの味方にもなれず、結果的に、人とドラゴンとの共生を手助けしているかっこになっている。彼らは気付いているのだろうか。おそらくローラムの竜王は気付いているのだろう。シーカーが出過ぎた真似をしない限り、この状態は維持される。


「もうそろそろだな」


無口だったカールが口を開いた。ほっとして気が抜けたのか、言葉に張りがない。次の中継地ルートイン、ライオンの塔はもうすぐなのだ。


が、またしても斥候が戻って来た。問題があったのは明白だ。ライオンの塔が近いこともある。この旅に致命的な打撃を与えるほどのことではないと願うばかりだ。


斥候はタイガーの耳元で囁いた。タイガーは少年に伝えるのと同時にカールにも問題が何かを語った。


「この先で世界樹が生えている。芽を吹いているどころではない。苗ほどにもなって小さなドラゴンがそこに張り付いている」


斥候が言った通り、そこに行くと三十センチほどの背丈の苗に、手のひら大のドラゴンが張り付いていた。一見、黒色だが光の加減では紫がかって見える。道の真ん中に堂々と居座っていた。


シーカーたちは、世界樹と小さなドラゴンを取り囲んだ。排除するのだろう。助けてあげたい気もする。この世界では厄介者なのかもしれないが、別の世界から来た俺としては貴重な動物としか思えない。


それに、可哀相な気がする。何も好き好んでこのドラゴンはこの場所を選んだ訳ではない。庭師がいなくなって、たまたま世界樹がロード・オブ・ザ・ロードに生えてしまった。そして、この小さなドラゴンはどういう運命か、その世界樹に引き寄せられてしまった。


多くのドラゴンの内、一体どれだけのドラゴンが自分のヤドリギを見つけられるのだろうか。


俺には分からない。が、間違いなくこの小さなドラゴンは幸運にあずかった一握りのドラゴン、その内の一匹なのだろう。


世界樹を失えば、このドラゴンははぐれドラゴンになってしまう。我を失い、殴られようが、手を切られようが、空腹を満たすため痛いとも思わずただひたすら牙をむく。


そんな話を聞けば聞くほど俺は、はぐれドラゴンがまるでホラー映画に出て来るゾンビのように思えてならない。この小さなドラゴンが、あのようになってしまうかと思うと正直、いたたまれない。


「タイガー、ちょっと待ってくれ」


めずらしくカールが注文を付けた。カールは馬を降りた。


「いい機会だ。キースに賢いドラゴンがどんなものか見せたい。子供のドラゴンだから私としてもちょうどいい。あまり賢いと面倒だからな」


俺はカールに、馬から降りるよう手で促され、その通り馬を降りた。シーカーたちはというと、囲みを一部解いて、俺たちが通る道を開けた。


ドラゴンのフォルムはカエルである。違うところは翼があり、長い尾がある。顎のエラから頭にかけて襟巻のように連なったトゲもあり、手にはかぎ爪がついていた。


カールは声を発する度、その口元に小さな魔法陣が現れた。これがドラゴン語。どれもが青く光を放っている。


カエルのドラゴンも言葉を返しているらしい。らしいというのは、ドラゴンは吠える以外、何も声を発しない。口の前に魔法陣が現れる。そこに記される文字やら記号やらが次々と変化していく。魔法陣の色そのものもその都度変わり、青色だったり、赤色だったりした。


色は感情を表しているのではなかろうか。ドラゴン語とは、どうやらこの魔法陣のやり取りでコミュニケーションを図る、手話のようなものに違いない。


「分かったか、キース。これがおまえも使えるようになる。独自に学び、習得するのは無理だ。ローラムの竜王が私の頭のどこかを魔法でいじくって魔力を使えるようにした。ドラゴン語を使うには魔力が必要だからな。基本、魔法が使えるって言っても魔力はドラゴン語のためのものなのだ。魔法そのものは魔法陣から発動される。ただコミュニケーションに使うだけならなんてことない。しかし、魔法が発動される魔法陣を作るとなれば話は別だ。人は四つまでしか魔法が使えない。このことからも分かろう。決してローラムの竜王が我々に力を分け与えたわけではないことを」


つまりそれは、ローラムの竜王の魔力が落ちたとしてもカールは魔力を失わないということ。


魔法を使える仕組みとか、そのことについては考えてもみなかった。俺は自分の世界に帰る方法としてローラムの竜王と会うことだけを考えていた。そして、そのことこそが俺の旅の目的だった。


「それで、王太子殿下。このドラゴンは何を言っていたのです」


「こいつは俺をののしっていただけだ。賢いドラゴンと言っても生まれたばかりだ。世界樹の大きさから一年は経っていないだろう。知能的には人間の子供、そうだな、十歳ぐらいじゃないか。まともな言葉は返って来やしない。ましてやディールなぞ全く考えも及ばない」


「王太子殿下はそいつに何とおっしゃったのです」


「目一杯、脅してやった。それでこいつからロード・オブ・ザ・ロードの変化について何か引き出そうとしたのが間違いだった」


そう言ってカールは、世界樹を引っこ抜くのとドラゴンを掴むのとを同時にやった。世界樹の方は、何かに使ってくれとタイガーに手渡した。


小さなドラゴンはカールの手の中で怒り狂っていた。赤色の魔法陣が次々と現れた。


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