第23話 魔具

シーカーの足取りは衰えを知らない。相当鍛えられているのであろう。俺とカールの周りをシーカーは取り巻いて、ロード・オブ・ザ・ロードの石畳を進む。この分だとトータル二日は短縮できるかもしれない。ただし、中継地ルートインを素通りして、野宿する回数を増やすのであればだが。


その判断はカールに任せるとしよう。俺としては一日も早く竜王に会いたいところだが、後のことも考えておく必要もある。馬上に揺られている今がいい機会だ。元の世界に帰れなかった場合、王都センターパレスでは大仕事が待っている。


十中八九、俺は難癖付けられて投獄されてしまう。何しろカールがピンピンして帰って来るんだ。それでも、手がないわけではない。三権分立、裁判を受ける権利は誰しもある。


その時のために、体力を温存しておくのも悪くはない。疲弊しきっていたら頭も働かない。


タイガーと少年は並んで先頭を歩いている。仲睦まじいと言っていいのだろう。愛の形は人それぞれだ。俺の世界では普通に認められている。昨日ジロジロ見たのはそういうことではない。あの時、皆、酔っ払って騒いでいた。その中に少年がポツンと一人うつ向いている。その状況に違和感を持たない方がよっぽどどうかしている。


少年だけが、アーモンド形のバイキングヘルムを被っていない。ドラゴンを模したフルフェイスのアーメットヘルムだ。素材は金属とも皮のたぐいとも言い難い。おそらくは、ドラゴンの頭部をそのまま加工して兜にしたのだろう。


タイガーの少年に対する想いはそれを見ても分かる。少年はタイガーに大切にされているのだ。決して、強要されているわけではない。


と、思いたいのだが、なぜか引っ掛かる。こういう時の俺の勘は当たるものなのだ。職業病と言っていいのだろう。


一行の足が止まった。石畳の先から一人、斥候に出ていた者が凄い勢いで戻って来た。この先で問題が発生したようだ。


斥候は息を切らしながらタイガーの耳元で何やら言った。馬上で聞き取れなかったカールは、何事だと問いただす。


「庭師が死んでいる」


タイガーはそう答えた。庭師と言えば、あのカカシだ。魔法で動いていて、もともと生きてはいない。それが死んでいるとは滑稽な言い回しだが、ロボットでいうならバッテリーが上がっている状態。庭師でいうなら魔力を失ってしまった、ということになる。


それが何を示すのか。俺たちは不安に駆られ先を急いだ。やがて庭師の状態を目の当たりにする。斥候の言う通り、動いていない。真新しかった服装はぼろ布となり、一本足の木の棒は折れてしまっている。


道の真ん中に倒れていて、まるで誰かが捨てて行ったゴミのようだった。引き裂かれたとか、攻撃されたとか、そういう形跡は全く見当たらない。足が折れているのは朽ちているためだ。思っていた通り、庭師は魔力が切れたのだろう。


庭師を道の隅に寄せるとタイガーは三十分の昼休憩とした。斥候は交代し、新たに斥候になった男は飯だけで休憩も取らず出発した。


誰も話そうとはしない。無口なのは考えているからだ。皆、俺と同じような疑問を持っているはずだ。なぜ、庭師は魔力を失ってしまったか。ロード・オブ・ザ・ロードも魔法の産物である。それがもし庭師と同じように魔力を失ってしまったら。


ウインドウから第一の中継地ルートインまでの庭師は健在だった。ちゃんと元気に仕事をしていた。魔力切れになっていたのは二つ目の中継地ルートインとの間。他はどうなっているのだろうか。長い道のりだ。庭師は結構な数だと思う。


魔力の仕組みはよく分からない。おそらくはマイクロ波での電力無線伝送みたいなものなのだろう。普通に考えて、エネルギーの発信源側に問題がある。だとしたら、いずれ全体に影響が及ぶ。


引き返すか。それも選択肢の一つだ。旅はまだ始まったばかりなのだ。カールはどうするつもりだろうか。タイガーは?


二人のリーダーの顔色をうかがった。引き返すような気配はない。それどころかタイガーは不測の事態に備え、ショートスピアに付いたワイヤーの結び目とか、戦闘用ナイフ(サクス)の刃の鋭さとか、魔具のチェックをしていた。


他のシーカーも同じで、靴の紐を締め直したりと各々が魔具、装備の点検をしている。怖気おじける様子もなく黙々と不測の事態に備えていた。狼狽えてタイガーに指示を請うようなことは誰もしない。


俺が思うに指示もなく、息の合った動きからして、彼らにとってこれは想定の範囲内の出来事なのだ。当たり前のように事態を受け止めている。ドラゴンの領域を自由に行き来する彼らは俺達が来る以前からこの異変を察知していた。


そう言えばカールは、今回のタイガー直々のお出ましを不審に思っていた。その答えがカールの思いもよらないことだったのだろう。気だるい余裕はもう消え失せていた。帰る気どころかやる気満々で、馬に掛けていたソードベルトを着用し始めた。


ローラムの竜王に何かあったのではないか、と俺と同じように考えていたのなら当然の反応だ。朽ちた庭師もさることながらタイガー直々のお出ましである。カールのことだ。是が非でも、確かめなければ気がすむまい。


タイガーにしてもそうだ。この旅は竜王の傍に行けるまたとない機会なはずだ。彼はこのチャンスを逃したくないのだろう。


さぁ、行こう、となったその時、目の前十メートル先を虎が横切った。道を出たかと思ったら、戻って来て道の中央で立ち止まると俺たちの方に向かってきびすを返す。


この道は魔法の産物である。第一の中継地ルートインイーグルの塔に入る途中で多くの野生生物を見た。どの生き物も道の存在には気付いてないようで俺たちに見向きもしなかった。


だったら魔法が使えないシーカーたちは中継地ルートインで待ち合わせる時、いったいどうしていたのか。カールは独自のルートがあると言っていた。どこかに魔法のほころびがあると。


ローラムの竜王がいかに魔法に優れたとしてもこれだけの代物だ。不完全なところがあってしかるべきだ。だが、この場合、虎は迷い込んだ風ではなく、ロード・オブ・ザ・ロードを縄張りを巡回しているがごとく普通に出入りしていた。そして、俺たちを獲物だと認識した。


走って来ると大口を開けて、一番前方のタイガーに、前足を上げて覆いかぶさろうとした。


すでに構えをとっていたタイガーはウォーハンマーを振り上げたかと思うと、牙をむく虎の脳天に的確にハンマーヘッドをぶち当てた。


虎は叩き落されるどころか、頭だけがエビせんべいのように石畳に圧縮されていた。


無残にも中身を失っている。飛び散った血やら脳髄やらが俺の白いパレードアーマーを台無しにした。カールはというと、ちゃんとマントでブロックしていた。


「大昔、猛威を振るった竜王のジェトリ峻険しゅんけん公の背骨を素材にしたウォーハンマー、フェンリル。地を揺らす者という意味がある。固有効果は会心の一撃だ」





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あとがき


千年以上続いた約束された旅のはずであった。それがもう何の保証もない。厳しい旅になるのは必至だった。


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