第22話 五つの塔

階段を上り切り、俺とカールは塔の頭頂部に立った。太陽が地平線に沈もうとしている。風や森の匂いが心地よかった。


見渡すと自然の一大パノラマだ。森や草原は黄金に輝き、重なる山は薄墨色のグラデーションを見せる。俺達二人は日の光を一身に浴びていた。


「ローラムのヘルナデス山脈周辺の風景だ。美しいだろ? 北北東から南へ連なる山々がヘルナデス山脈。ここから見て尾根の一番高いところが竜王の角。我々の目的地エトイナ山は北北西の方角だ」


ヘルナデス山脈の荒々しい稜線とは異なり、エトイナ山周辺はなだらかな稜線で、それが西へと流れていた。


「ここからだと二日ちょいの距離だ。だが、我々はほぼ逆の方向、南西へと向かう。ここから真っすぐエトイナ山だと草原を越え、川を渡らなければならない。草原はキングランと呼ばれている。はぐれドラゴンの巣窟で文字通り、王も走るって意味だ。川はドラゴンキングズ。エトイナ山はカルデラ湖がある休火山で、カルデラ湖が竜王の住処だ。ドラゴンキングズはそのカルデラ湖を水源としている。だが、河を上ろうと思うな。河にもはぐれドラゴンがいる。小さな翼があるやつで、蛇のように泳ぐ」


エトイナ山は西側を除いて、ほぼ全て草原キングランに囲まれていた。


「煙嵐の森から金床の森を進む。森には必ず竜王のジェトリがいる。やつらは、結界ではないが、自分の森にオーラを張り巡らせている。ほとんどのはぐれドラゴンはそれを突破出来ないでいる。触れると嫌な感じがするんだろうな。本能に任せて生きているから、体が覚えた違和感に逆らうことが出来ない。突破するだけの胆力は、もちろんない」


俺たちはキングランを避けて、ずっと森の中を移動する。草原沿いをぐるっと西側に回り込むのだ。


「南西方向にここのとは別のルートインがある。うっすら見えるだろ。ロード・オブ・ザ・ロード内にいるから魔法の無いおまえでも見えるはずだ。あそこ、あの方角だ」


遠く向こう、森の中に塔が立っているのが分かる。小さく、色形は薄いが、西日が当たって輪郭だけが金色に輝いていた。


「五つある一つで、ライオンの塔という。ここから二日の距離。さらに南西二日の距離に蝶の塔がある。そこから西南西に一日、三日月と星の塔。そして最後、北西に熊の塔。それ以降は、塔はない。我々は最後の塔から道なりに北上し、エトイナ山を目指す。ロード・オブ・ザ・ロードの路面はずっと石畳だから馬を走らせることも可能だ。が、何があるか分からない。魔法が使えるドラゴンなら出入りは自由だしな。だからやはり、シーカーは旅から外せない。やつらは徒歩だ。馬に乗れない。というわけで、私たちはそれに合わせることになる。馬の並足で、ここから約十二日。往復で二十四日、やつらとは仲良くやっていかなければな、なぁ、キース」


徒歩でも最短の距離を行けば二日ちょいだが、迂回して十二日。ロード・オブ・ザ・ロードで馬を走らせたとしたら、おそらくは三日か、四日か。だが、やはりシーカーに合わせて馬の速度を並足にしなければならない。


どうしても、シーカーと行動しなければならないものなのか。まぁ、伝統なのだろう。理屈じゃないのかもしれない。もしかして、過去に乗馬が出来ない王族がいたのかもしれない。あるいは、事故があったとか。現に、キース・バージヴァルは落馬している。


シーカーと行動を共にしなければならないってことは、カールの言う通りトラブルは絶対にダメだってことだ。事情はもう分かっている。タイガーの機嫌は損ねない。


大事なのは、距離感だ。グイグイ行ってはダメだし、無視してもダメだ。俺はそう言うのには慣れている。軍にもいたし、民間で営業もした。


その夜の宴会は、ほぼ接待だった。カールもタイガーと終始談笑している。タイガーは上機嫌であった。俺はひとっ所に長居せず、ブルバンやらラッガーを注いで回る。ブルバンとはバーボンで、ラッガーとはビールだ。


馬に山ほど食い物を積んできたのはこのためだったと今さらながらに気付く。食べ物が無くなりそうなテーブルには、そのテーブルが好みそうな物を補充した。宴会が終わるまで、目一杯気を使ってやった。考えてみれば、俺が一番若いのだ。動くのは当然。別に苦にはならなかった。





シーカーの出立いでたちは、造形的には中世のバイキングを彷彿とさせる。頭には角や羽付きの、アーモンドを横半分に切った形の兜。首から下は編み込み式の鎧、その上に外套。手にはウォーハンマーと盾。背中には槍を五、六本背負っていた。


スピヤ、パイク、ランスなどと槍は分類される。彼らが背負っているのはその中でも一番短いスピヤの、さらに短いショートスピヤと呼ばれるものだ。穂先から石突きまで全て真っ白であった。


金属製のものは全く付いていない。象牙のような光沢があり、柄から穂先まで全て同じ材質で、石突きには、釣り針のようなかぎが付いていて、そこにワイヤーが結ばれ、柄と繋がっていた。


ワイヤーが付いているその感じから、かぎは取り外しが効きそうだ。マグロを船に寄せる様に引っ掛けて、釣りをする様に遠くから獲物を手繰たぐり寄せる。


ウォーハンマーは、もちろんぶっ叩くためのものだ。ヘッド部分は槍と同じく真っ白で、材質的にいえば大理石のようだった。薄っすらとだが、マーブル模様がある。柄は木製であった。


盾はというと、円形で小ぶりだ。といっても、シーカーは体がでかい。俺が持てば大盾の部類になるのだろう。ハンマーの柄と同じく、これも木製であるが、中心に青い石が取り付けられていた。


カールの説明によると全て魔具である。魔法を使えない彼らがドラゴンと戦えるのは全てこれらよる。


彼らは、倒したドラゴンの体を素材とし、武器や防具に仕立てていた。といっても、魔具というからには魔力が必要不可欠である。当然それは、はぐれドラゴンからは得られない。


太古、人類とドラゴンが戦っていた時の代物である。当時、神から与えられた軍団もあって多くの魔法のドラゴンを狩ったそうだ。シーカーは各々の家でそれを代々引き継いでいた。


その頃から今も魔力は色あせない。それどころか、親の親の代より親の代、親の代より自分の代と魔具の魔力は増していっている。古ければ古いほど強力になるというわけだ。


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