第21話 タイガー


服装というか、防具なのだろう。生地にうろこ状の小さいプレートが編み込まれていた。スパンコールがイメージに近いが、あれは単色で統一されている。


シーカーのは一個一個違う色だからまるで蛾の羽の模様のようだ。鎧の下に着る鎖帷子くさりかたびらのようにそれを上下とも着こみ、鎧の代わりにその上から黒革の外套を羽織っている。


「久しぶりだな、タイガー」


「カール、おまえが介添人になるとはな。来ないわけにはいかないだろ」


二年前のゼーテ国の騒動でドラゴン三匹を打倒したのがシーカーで、そのリーダーがタイガーであった。噂によるとタイガーはバラバラであったシーカーらを一つにまとめた。言うなれば、彼はシーカーの王。


「たくましくなったな、カール。契約者としてここに初めてやって来た時とは雲泥の差だ」


二人はハグをした。カールはまるで父に愛情を注がれる息子のようだった。相当きつく抱きしめられているようで、カールはもがくようにタイガーの腕から脱出した。


「弟のキースだ。いっぱしの男にしてやってくれ」


俺は軽く頭を下げた。タイガーの反応はかんばしくない。いかに世間と隔絶しているシーカーだとしても、悪童キースの噂は耳に入っていよう。タイガーは俺をジロジロと見ていた。


他のシーカーたちも彼と全く同じであった。腕っぷしの強そうな大男たちの視線が俺に注がれている。


どうしたものか。これは何か気の利いたことを言わないと。俺はそう思いつつ、端から順に視線を巡らせていた。


でかいタイガーで邪魔になっていて気付かなかった。部屋の隅で、机に座り、うつむいている男がいる。大男たちの中にいてそいつ一人だけが小ぶりで、眼だけが見えるマスクをかぶっている。


なんで、マスクなのか。見れば見るほど違和感を覚えた。


そんな俺の視線を、タイガーは気付いたようだ。体の位置をずらし、その視線を遮った。そして、俺をにらみつける。


まずい状況だった。どうやら俺は小男をジロジロ見過ぎたようだ。他のシーカーたちの雰囲気も変わっていた。今にも戦いが始まるような緊張感がこの場に漂っている。


まじぃいな、と思った。とにかく、挨拶だ。俺は改めて深々と頭を下げた。


「キース・バージヴァルと申します。この度は私のためにご足労をかけ、申し訳なく思っております。また、英雄タイガー殿の直々のお出まし、深く感謝するとともに名誉にも感じております。これからは兄カール同様、可愛がっていただくよう深くお願い申し上げる」


一応、へりくだった物言いだ。キース・バージヴァルと言う男が礼儀をわきまえていると示しておく必要がある。病身で、神経質で、何をしでかすか分からない危ないやつだというイメージをちょっとでも払拭しておかなければならない。


タイガーにしてみても今大事なのは何かを分かっているはずだ。俺とタイガーではなく、シーカーと王家の関係だ。いかに俺が気に入らなくとも、私心は捨てよう。


タイガーは右手を差し出した。手の甲を上にも下にもせず、横にしていた。これは王族への挨拶ではなく、握手のポーズだ。俺も右手を差し出した。手は固く結ばれた。


ほっとしたが、手が痛い。そもそもが、タイガーと俺の手では大人と子供の差ぐらいはある。そのうえタイガーは加減を知らない。心なしか、俺の籠手こてもひしゃげているように見える。


「挨拶はこの辺にして、」 


俺の痛みに歪んだ顔を見てか、カールが慌てて割って入って来た。


「タイガー。久しぶりに飲もう」


「ああ、そのつもりだ」 


タイガーは俺の存在なぞもう忘れたかのようだった。酒が入ったコップをカールに渡そうと手に取った。


「だが、その前に、」


「その前に?」


「我々は一旦部屋に行くとしよう。鎧と荷物を置いてくる。このかっこじゃぁ、君たちに見劣りするからな」


色とりどりのシーカーに対して、こっちは真っ白だ。シーカーたちは笑った。


食える物はここに残して、俺とカールは私物を持って螺旋階段を上へと向かった。塔は八層、その一番上が王族の間だった。


階段を上がっていく最中、カールは小声で俺に話しかけてきた。内容はタイガーだ。


「女に見向きもされなかったためか、あいつは男色家だ。おまえが見ていたあの少年。あれはタイガーの愛童だ。どこに行くにもあの少年を連れていく。全く人目をはばからない。二年前のゼーテ国の時もそうだ。ただ、少年は顔を決して他人には見せない。それには理由があってな、あまりの美しさに誰もが見とれてしまうらしい。それが、やつにとっては許せない。始めは見とれたやつを誰彼構わず殺していた。が、キリがない。そりゃぁ当然だ。話によれば女といえども容赦なしだ。いや、むしろ女ばかりだったんだろうな。とにかく、大勢殺し過ぎた。それで愛童にマスクを被らせた」


眉をひそめるその表情から、タイガーへの親しみはみじんも感じない。ひそひそ話すその話し方もそうだが、シーカーたちを好奇な目で見ている。


さっき交わしていた服装云々もジョークとも取れるが、小馬鹿にしている感もある。


「本来ならこれを最初に言わなければならなかったのだが、私としてもタイガーがお出ましになるとは夢にも思わなかった。小物相手なら、これはむしろ知らなくていい情報だからな。だが、なぜだ。私はそんなにやつに好かれているのか? やつは男色家だからなぁ。だったら好かれるのは私じゃなく、むしろおまえの方じゃないのか。それとも他に理由があるのだろうか。とにかく、もう二度とあのマスクの男を見るな。おまえがジロジロ見てた時、ヒヤヒヤしたってもんじゃないぞ」


確かに人をジロジロ見たおれが悪い。しかし、カールもカールでちょっと落差が激しすぎやしまいか。社交といえばそうだが、相手がおまえに親近感を持って接しているんだ。


カールは死を恐れているようでそうではない。王家の伝統を重んじているようで重んじてはいない。弟を愛しているようで愛していない。つくづく分からない男だ。


「キース、鎧を脱ぐ前に見せたいものがある。上に行こう」

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