第20話 庭師

庭師はというと、行動パターンを変えていた。立ち止り、道の端に寄って、しゃがみこんだ。


「なにかやっているようです」


カールは興味が無いようだった。庭師が何をやっているのか確認もせず、言った。


「おおかた、道に世界樹の芽が出ているのだろ。世界樹は魔法の産物だ。入口からの侵入以外でこの空間に入れるのは魔力を持ったもののみ。世界樹の種も当然飛来する。一旦入って芽吹くとドラゴンを引き寄せる。この道は見えてなくともドラゴンには芽吹いた位置が分かるんだろうな。困ったことに、張り付いてしまうとドラゴンは魔力を得る。考えてもみろ。この道にドラゴンが溢れかえっているとしたら。ロード・オブ・ザ・ロードも台無しだろ。だから、庭師は休まず巡回し、早めに対処する」


「抜かなきゃ、ならないってことか」


「抜いて、別のところに植え替える。だから、庭師なんだ」


庭師か。王族たちはうまいこと名付けたものだ。にしても、庭師のフォルムがなぜカカシなんだ。


王族たちが名付けたというよりも、もしかしてローラムの竜王が名付けたのかもな。“庭師”という名前の方にデザインが寄せられているって感じもするが。


「王太子殿下はローラムの竜王とお会いになられたのですよね。どんなドラゴンなんですか?」


「そうか。そういやぁ、一番大事なのにそのことは言ってなかったな。一言で言うとするなら、最古のドラゴンだな。えらく頭のいいドラゴンで、長く生きているのもあって何でも知っている。姿かたちは、敢えて言うまい。楽しみに取っておくんだな。驚くぞ。あれはもはやドラゴンではない」


ローラムの竜王は何でも知っている。思ってた通り朗報だな。もしかして俺は元の鞘に収まることが出来るかもしれない。俺も嬉しい限りだし、カールも喜ぶだろう。本来のキース・バージヴァルが戻って来るのだ。


「ん? どうした? 楽しい事でもあるのか? 竜王がどんな姿をしているのかは興味がなさそうだがな。もしかしておまえ、他に目的があるな」


わざとらしいというか、痛いところを突いて来る。なんだかんだ言って、俺が何者で、何が目的かをこいつは知りたがっている。


「他に目的とは? 私は竜王との契約のためにここに参りました」


「まぁ、他に目的があったとしてもいう訳ないか。だが、それはその時になったら分かることだ。私も立ち会うし、竜王は案外、おまえの望みをきいてくれるかもしれんぞ」


望み? まさかな。幾らなんでも俺の腹の内が分かるわけあるまい。適当なことぬかしやがって。それともなにか。これは誘導尋問ってやつか。その手には乗らない。


「竜王は私になんか歯牙にもかけません」


「さっき私は、竜王はえらく頭がいいって言ったではないか。頭がいいやつっていうのは自分の理解を越えた存在に惹かれるものだ。人が天から降りてきた時、ローラムの竜王は敵対せずにずっと見守っていたそうだ。罪なき兵団を生け捕りにしたり、分身を造って民衆の中に紛れ込ませたりしてな」


なるほど、そういう訳でカカシなんだ。ローラムの竜王は人を調べ尽くした。


「そういった点でいやぁ、おまえはうってつけだろ? 一旦死んで、別人になって帰って来た。なぜそうなったのか、竜王は必ず興味がそそられるはずだ」


うってつけか。だが、この男、本来のキースに対してはどう思っているんだ? 心配しているのではないのか? これじゃぁまるで俺がレア物扱いだ。


「おまえは竜王に可愛がられる。だが、私の場合はそうはいかない。私は罪なき兵団をよみがえらせてしまった」


確かに、それを踏まえてアーロン王はカールを介添人に選んだ。ローラムの竜王に直接会わせて裁断してもらおうという腹なんだ。それならば、アーロン王は竜王に対し責任を果たしたかっこになる。


もし、ローラムの竜王にカールが許されたとしても、俺が毒を盛る。どっちにしろアーロン王は後々の憂いを断てる。


「私の旅はここで終わりかもしれない。キース、おまえには何もしてやれなかったが、それでもちょっと私は複雑な気分なんだよ。おまえに何かしてやることがここでは出来るかもしれない。だが、もはやおまえは昔のキースでない」


俺をレア物扱いしたり、キースが居ないのを嘆いたり、一体どっちなんだ。


「まだ終わりだと決まったわけではありません」


「そうか? なら、おまえがローラムの竜王に命乞いしてくれるか? お前の望みなら竜王は聞き届けてくれるやもしれん」


望み⁉ だから望みって言ったのか。キースも心配だが、やはり己が第一だもんな。ヒヤヒヤさせやがる。にしても、カールのやつ。命乞いとは言いつつもなんなんだ。悲壮感が全く伝わってこない。この余裕のある笑顔。助けなぞ要らないってそのつらに書いてある。


「はい。王太子殿下のおっしゃるような状況になれば、必ずや」


「うれしいことを言ってくれる」


カールは俺の肩に手を置いた。


「恩は忘れない。私はそういう男だ」


こいつ、俺で遊んでやがる。そうとしか思えない。俺は頷いて見せた。


道の先に塔が姿を現した。石造りの円柱型で、まったく朽ち果てた様子もない。あれも魔法の産物なのだ。


「キース、ルートインだ。ドラゴンの領域にはこういった場所が五か所ある。一つ一つを個別に呼ぶのなら、あれはイーグルの塔だ」


木々の遮りもなく塔の姿は下から上まで見渡せた。上に行くにつれ細くなっているのが分かる。高さは五十メートルぐらいあろうか。


直径は十メートルほどだ。とんがり屋根がついていない、頭頂部で周囲を監視できるタイプの塔だった。俺とカールは、馬を塔に付けた。


入口のドアは鉄製でイーグルの紋章が刻印されていた。カールはそのドアを開けた。


男たちが二十人ほどいた。シーカーたちだ。随分と前からここに来ていたのであろう。酒盛りの最中で、全員が酔っ払って塔の内部は騒々しかった。それがピタと止んだ。


全員が立ち上がる中、最も大きい男が一人、こっちに向かって進み出てきた。長身のカールがその男の首元までしか届いていない。


口周りはひげボウボウで、頭のてっぺんは薄いのだが、髪は肩まで伸びている。腕や太ももは、もはや丸太だった。




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