第19話 ロード・オブ・ザ・ロード
「ロード・オブ・ザ・ロード。ローラムの竜王から私たちへのプレゼントだ」
先ほどまで馬上を遮っていた枝もない。道の路面は石畳だった。
深い森の中を進むとばかり思っていた。馬は食料を運ぶためでエトイナ山まで騎乗できるとは思ってもみない。なるほどこれは快適だ。俺も馬に乗った。
木々の枝葉が覆いかぶさるように船底型の天井を形づくっていた。二十メートルは優に超す高さ。ロード・オブ・ザ・ロードはまるで延々と続く大聖堂のようだった。
「この道は強力な魔法で出来ている。外からは見えない。面白がって石畳から外へ出るな。魔法が使えないお前は戻って来られなくなる」
これが竜王の魔法―――。
エンドガーデンには竜王をないがしろにする空気がある。長い平和でおごり高ぶったのか議会も、教会も、王族以外ここにある事実を知らないでいる。
竜王の門での旅立ちの儀式で、俺は誓った。竜王の領域では全てが竜王のものだ。例え溜息であっても俺の体から離れていったものは竜王の所有物になる。当然、ここでの秘密は持ち帰れない。エンドガーデンで誰にも話すわけにはいかない。
当初、俺はカールに違和感を持っていた。廃嫡を自覚しているにも係わらず、どこ吹く風なのである。
昨晩、俺はカールといっしょにいてその違和感が確信に変わっていた。おそらくはカールも内心は議会や教会と同じように竜王をないがしろにしている。
罪なき兵団を掘り起こして研究していた。いや、研究ではない。推測だが、カールは動かそうとしていた。
考えれば考えるほど、やはり信用ならない。カールが他と違うのは、ここにある事実を知りつつ、竜王に対して背信の念を抱いている。
カールは昨晩、ケルンの台座に腰を掛けていた。家族がどうのこうのとかっこいいことを言っていたが、それは王権の伝統をないがしろにする行為でもある。知らず知らずのうちに思っていることが行為として表れたのではないか。王権に対してだけでない。引いては竜王に対しても。
叔父のイーデン・アンダーソンもそうなのかもしれない。彼らは竜王を畏怖するあまり、竜王らを排除しなければ人類の未来はないと考えている。人が生きるも死ぬも、竜王の考え一つなのだ。
この石畳の道も竜王の力の一端でしかない。どれほどの力を有しているというのか。これから俺は竜王と相まみえる。目の前にして竜王を悪魔のごとく見るのだろうか。それとも、神のごとく
石畳は
空からは鳥の鳴き声が聞こえる。道の外では猪も親子で芋ほりしていた。立派な角を持った鹿が悠々と道を横切って行く。彼らにはここが見えていない。
自然公園でもこうはいくまい。ドラゴンは世界樹に張り付くと何も食べなくなるという。彼らはここではドラゴンに襲われることはない。煙嵐の森は人の手つかずの自然豊かな平和の森だった。
ややもするとドラゴンの領域にいることを忘れてしまう。もし、ルールがちゃんと守れるのであればドラゴンと人は共存出来るのかもしれない。
いや、それは難しいだろうな。人はどうしようもない
そんな人にとって、これほど魅力的なところはない。手つかずなのがいい。早い者勝ちなのだ。これは人同士の争いでもある。なにもドラゴンのみが敵だというわけではない。ドラゴンの領域に入れるのはバージヴァルの他に四家もあるのだ。
誰かがそれをやろうとするまでに、やれるチャンスがあれば真っ先にやらなければならない。
戦うだけの価値はある。農地にするのもいいし、もちろん、森林資源は膨大だ。地下資源も期待できるだろう。なにしろ広大な土地なのだ。ダイヤモンドやら石炭やら、どこかに何かは眠っている。
新たに手に入った土地は人類の発展にも大きく寄与する。カールはただ単に、怖くて竜王を倒してしまおうと思っているだけじゃないのかもしれない。豊かな土地を目の当たりにしてしまっている。人類の発展、行く末のために戦う。言うなればこれは使命感。
そしてまさに、カールは過去の遺物を引っ張り出してきた。ドラゴンの対抗手段としてはそれしかない。カールが持つ魔法がどれほどのものかは分からない。言えることは、竜王には到底適わない。錆びた剣で、下僕が主人に戦いを挑むようなものである。
だが、その対抗手段、罪なき兵団も、もう無い。それどころか今のカールには、何も残ってやしない。恋人は父アーロン王の
どこにそんな余裕がある。不思議な男だ。底知れない。考えられるのは一つ。こいつにはまだ奥の手が残されている。
どういう手があるのだろうか。皆目見当がつかない。まぁ、その時になってみれば分かろう。少なくとも、俺はカールを殺さないのだから。
ふと、道の先に影が見えた。木も草もない石畳にポツンと影は立っている。それが動き出した。真っすぐにこちらに向かって来ている。
ここまで来る途中、猪や鹿やウサギが横切っていくのを何度も見た。道の上をちょろちょろしているリスもいた。だが、通り過ぎる俺たちに見向きもしない。彼らには俺たちが見えていないどころか道の存在にも気付けていないのだろう。
ところが、影はまっすぐ俺たちの方に向かって来ていた。立ち止っては進み、立ち止っては進む。さっき動き出したかのように見えたのはそういう歩き方だったからだ。
やはり影は道の中心からズレることはなかった。明らかにロード・オブ・ザ・ロードの通行人だ。
「心配するな。あれは竜王が作り出したこの道の管理人、“庭師”だ」
庭師はひげ面の農夫を模したカカシだった。ピョコタン、ピョコタンと一本足で向かってくるのと俺たちが進むのとで、双方すれ違った。緊張感のない風貌のうえ、滑稽な動きなので思わず俺は、離れて行くカカシをずっと眺めていた。
「気に入ったようだな」
カールは笑っていた。そういや、俺はずっとしかめっ面だったような気がする。自分でも表情が緩んでいるのが分かった。
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