第18話 やどりぎ

何とも言えなかった。カールはキースがキースでなくなったことを承知していた。かといって、本来のキースを取り戻すことは、今のところ誰にも出来ない。肉体だけは間違いなくキースなのだ。そしてそれは、兄弟だからこそ分かると言うもの。偽者だと言って俺を剣で斬り捨てることも出来まい。


ことが終わったらキースの体をちゃんと返せよ。それまでは黙認してやるからなってことか。


俺はカールの態度をいいように解釈し過ぎているのかもしれない。入れ替わってしまって、俺が悪いことをしたような気分にもなった。いい兄弟どころか、カールはキースを愛していたのかもしれない。


「旅の話をしよう」 


カールは話題を変えた。


「ドラゴンの支配地域を進むための知識だ。昼間言ったよな。ドラゴンに“はぐれドラゴン”と呼ばれるやつらがいる。頭が悪く、本能に任せ、ただ生を貪り喰っている。“はぐれドラゴン”と言うからには何かから“はぐれ”ているわけだが、群れか? ドラゴンの王国か? 違うな。賢いドラゴンはみな、“やどりぎ”を持っている」


「やどりぎ?」


「そう、宿り木。つまりは世界樹だ。賢いドラゴンは世界樹を守護するようにずっとそこに張り付いている。一匹につき一本。世界樹を守るためなら命を投げうつほど彼らにとって“やどりぎ”は必要なものなのだ。一旦、“やどりぎ”に付いたドラゴンは食事を取らない。食べるとしたら世界樹の実だけだな。世界樹の何かが、やつらの腹を満たすんだ。それに対して“やどりぎ”を持たない“はぐれドラゴン”はというと、絶えず腹を空かしている。何を食っても満たされない。だから獲物を求めて彷徨っている」


「ヘルナデスの結界は“はぐれドラゴン”を防ぐため」


「そのとおり。生まれたばかりのドラゴンはオタマジャクシのような形をしている。違いは尾が長いということ。私たちはそれを幼体と呼んでいる。やつらはどこでどうやって生まれたかは分からない。鳥のような卵からなのか、それこそカエルのような透明の卵からなのかな。分かっていることは、尾の長いオタマジャクシは地を蛇行し、やがては足が生え、手が生え、翼が生える。この時、運よく世界樹の苗木に取り付いたやつが賢いドラゴンになり、取り付けなかったのがはぐれドラゴンとなる。中には、戦って世界樹を勝ち取るやつもいるが、まれだな。賢い方は魔法が使えるし、それぞれの地の特性に影響され、独自の進化を遂げている。ブレスと物理攻撃だけのはぐれドラゴンでは相手にならないんだよ」


「賢い方は強いが、刺激しなければ危険はない。我々にとっては、はぐれドラゴンの方が脅威だというわけですね」


「二年前のユーア国の騒動を知っているか」


「はい。王立騎士学校で学びました」


「あれはな、世界樹を求めてはぐれドラゴンが何匹もやって来たんだ。どうしてそうなったかわからないが、森の中で世界樹が育っていた。鳥か何か、種を運んできたのだろうな。世界樹を切り倒すのとドラゴンを追い払うのとでユーア国は大混乱だった」


「エンドガーデンに世界樹が無いのはそのため」


「そうだ。つまり、賢いドラゴンは森の中にいる。はぐれドラゴンはそこには近付けない。ゆえに我々は森の中を進む」





夜明け、俺たちは野営地を後にした。徐々に深くなっていく森の中でカールは進むべき道を知っているようだった。二時間もすれば新たなケルンが姿を現した。それからまた二時間後にケルンである。


どうやらケルンは道標でありながら、方角を示しているようだ。四角錐の角が東西南北に向いている。


三つ目のケルンで昼休憩を一時間ほど取った。それから四つ目のケルンでカールは馬から降りた。


三つ目から四つ目の移動は大変だった。密集した木々のため、馬の足元がおぼつかない。それに張り出した枝が馬上での移動を困難にしていた。


引っ掛かるマントは早々に脱ぎ、丸めて鞍と馬の背の間に押し込んでいた。馬を降りるとなれば鎧も脱ぎたいところだが、ピクニックに来た訳ではない。諦めて、役に立たないパレードアーマーのまま歩いた。


ケルンがある場所は必ず森が開けていて光が差し込んでいた。周りが明るいためか、その先は真っ暗に見えた。


「ここから向こうは結界内。煙嵐の森と言われている場所だ。ローラムの竜王のジェントリ、煙嵐公の所領だ」


来た側と、俺たちが行こうとしている先は明らかに雰囲気が違っていた。怖いという感じではない。森の中はざわついている、賑やかな感じなのだ。視線も感じる。俺たちは多くのものに見られている。


構わずカールは森を進んだ。俺も続く。結界はもう越えたのか? 壁のようなものは感じなかった。


「キース。ルートインはもう目と鼻の先だ。シーカーも来ているだろう。急ぐぞ」


カールは手綱を引いて森を分け入って行く。俺は引き離されないようカールの背を追う。まだ、多くの視線を感じる。空を覆う木の枝葉にも、行き先を遮る幹と幹の間からも、藪の中からも。


やがてカールは立ち止まった。先には道がなかったのだ。目の前はつつじのような低木が密集して生い茂り、重なり合って積乱雲のようにせり上がり、俺たちの行く手を阻んでいた。


「進むしかないのは分かっているな、キース。私を信じて付いて来い」


そう言って、カールは進んだ。何もカールの行く手を阻むものはなかった。カールは木々の枝に揉まれるどころか、すっと木々の間に吸い込まれるようにして消えてしまった。


目を疑った。が、これが魔法というものなのだろう。俺の世界でもこれくらいのトリックは科学で仕掛けられる。俺はカールに続き、馬を引いて木々の中に入った。


カールが手綱を手に、俺を待っていた。その向こうには幅五メートルほどの道が暗い森を真っ直ぐに突き抜けていた。


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