第17話 ケルン

カールに毒を盛ることを唯一打ち明けたカリム・サンはそれを決して口外しない。それを証拠に俺がカールと一緒に旅立つのを黙って見てた。


カール自身はというと、命の危険にさらされているのを露ほど思ってない。少なくとも廃嫡は誰もが考える既定路線だ。それでも、今のカールはふるまう態度に余裕があった。


俺に対して辛く当たってきても良さそうなものである。カールにとってみれば、俺は何もかも奪った反逆者なのだ。


その一方で、カールは俺が王になった場合も考えている。保険を掛けておくべきなのだ。媚びをうつほどプライドを捨てることは出来ないまでも、しゃべらないぐらいはしよう。


とはいえ、俺自身も考えもんだ。アーロン王は俺を王にしないどころか、罪人にしようとしている。


辛い旅になるのは肝に銘じていた。それがどうだ。カールの、この余裕。そよ風に吹かれ、木漏れ日の温かさに居眠りしてしまっている。全くの無警戒だ。


誤解を解き、共闘するって考えもなくない。ただ、そのことを話して俺はカールに信用されるだろうか。俺がいまいちカールを信用出来ないでいる。その俺が共闘を持ちかけても果たしてカールは納得するだろうか。


俺は翻弄されている。カールは馬鹿ではない。物腰からも分かる。己の能力に自信を持っている。毒とか、共闘とか関係なく、黙って引き下がるような男ではない、と俺は考える。


日は傾きだしていた。ウインドウは支配の空白地帯だとはいえ、夜間の旅は無謀だ。何もドラゴンばかりが脅威ではない。事故の危険もあるだろうし、天候の急変も有り得る。


森の開けたところに出た。そこには積み石があった。四角錐しかくすいのピラミッド型で、苔むしていて明らかに最近出来たものではない。


「王太子殿下」


カールは目を覚ました。


「眠っていたか。ケルンだな」


ケルン―――。積み石の姿形から理解できた。俺の世界でもこの言葉は使われている。ケルンとは登山路や山頂に道標や記念として石を積み上げたもので、もともとは墓室を覆うための石積みである。ケルンには慰霊の意味もあるのだ。


「はい」


「ここで野営だ。結界を越えるまでに話さなければならないことが山ほどある。しきたりだな。大昔からここで、それは語り継がれてきた」


カールと俺は野営の準備にかかった。石の塔の近くに囲炉裏が石で造られていた。ずっと使われ続けたものであろう。拾って来た薪をそこに入れて、火をくべた。


陽が落ちると気温が急激に下がった。焚火とブルバンという蒸留酒で凍えなくてすんでいる。腹は満たされていた。どんなに食べても干し肉は、食いきれないほどまだ馬に積んである。


ブルバンはトウモロコシ製だというのでバーボンなのだろう。この世界に来て十日も経っていない。だが、随分とアルコールは長く飲んでいない気がする。酔いが回るのが早い。


カールは焚火の炎に魅入られていた。ケルンの台座に腰を掛け、前かがみでコップを両の手で握っている。何を考えているのだろうか。


「そんなに私のことが気にかかるか。大丈夫。取って食いやしないよ」


しまった。じっと見過ぎていた。


「いえ、すいません。すごいなと思って。王太子殿下があまりにも堂々としているもんで」


カールは鼻で笑った。


「嘘だな」


「本当です。私は怖くて怖くてどうしようもない」


「それも嘘だな」


困ったことになってしまった。カールは酔いが回って、理性を失いつつある。カールの求めること以外、俺はもうしゃべらない。それがお互いのためだ。


「私からするとお前の方が立派だ。腹が座っているというか、堂々としているように見える」


酔ってないどころか、頭はしっかりと回っている。やはり、カールは馬鹿でない。


「そうですか。でも、そう見えているだけで内心は」


「いいや、キースなら今頃泣いている。で、私にくっついて離れない」


俺はカールの対面に座っていた。カールはキースのことをよく知っている。大聖堂で目覚めた時もカールはいち早く助け船を出していた。案外この兄弟は、仲が良かったのかもしれない。


「一度死んでみて、何かが変わったのかもしれません」


カールはまた鼻で笑った。


「まぁ、いいさ」


意外にも、諦めがいい。まぁ、キースに何が起こったなんて話したとこでカールは納得しないだろう。俺は焚火越しにブルバンの瓶を差し出した。瓶には馬の揺れに耐えられるように縄がグルグルと巻き付けてある。


カールはコップを差し出した。俺はそこにブルバンを注いだ。


「この場所に来て、私は叔父と二人で一晩明かしたことを思い出したよ。たった五年ほど前であったがずっと昔のように思える」


イーデン・アンダーソン。元の名をイーデン・バージヴァル。ウォーレン州の知事だ。


「あの人はいい人だ。誰かのために、といつも思っているような人だった」


感傷に浸っていたんだ。それでカールは炎を眺め、ぼうっとしていた。


「王家から離れて、残念です」


「叔父に他意はないんだよ。あの人はあのまんまの人だ。私がここでふさぎ込んでいた時も叔父は励ましてくれた。おまえの爺さんはここで泣いていたというが立派な王になった、とかな」


「王太子殿下」


「キース。まず、その王太子殿下っていうのをやめろ。カールでいい。ここには誰もいない。俺達はただの兄弟だ」


「ありがたいお言葉です。ですが、難しいです。あなたは私にとっては王太子です」


にとっては、か。キースなら泣いて喜んで私をカールと呼んでいたぞ。まぁ、今となってはおまえがどこの誰かなんてもうどうでもいい。ただ、この場所は言うなれば俺たちの家だ。家族の場所だ。だから、家族の話をしなければならない。何代目の王が何をしたとか、誰がどういう危険を乗り越えたのか、とかな。我々は語り継がなければいけないんだ。だが、おまえには、それは必要なさそうだ」


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