第29話 もう一つのルート


ポジティブなうえ、人の話を全然聞いちゃぁいない。これが天然というやつか。だが、振り回されてはたまったもんじゃない。こっちは急いでいる。ちったぁ俺の言うことを聞いてくれよ。


「ありがとう。では、森に急ごうか」


「下の森は巻雲の森。ここから見える一番大きな山は龍哭岳りゅうこくだけ。私たちがいるのはちょうどタァオフゥアの国境付近。ライオンの塔までは最短距離で巻雲の森の中を行ったとしても木々に阻まれ六日。山脈沿いを迂回して、ゼーテ国の竜の門からロード・オブ・ザ・ロードを使ったとしても六日」


「分かった、分かった。けど、この際、ルートの件はおいておこう。まずは身の安全だ」


「巻雲の森の中を進み、ロード・オブ・ザ・ロードの途中から入ったとしても、さっき言った二つのルートとはたった一日二日しか変わらない」


もういいって言ってんだろ。聞いてもいないことを長々と。まぁ、いい。


「では、最後の案で行こうか。森の中に入って途中からロード・オブ・ザ・ロードに入る。シーカーは独自のルートがあるんだろ? 魔法が使えなくとも君たちはロード・オブ・ザ・ロードに入るすべを知っている」


「え? なに、術って?」


「はぁ?」


最悪だ。俺の話を聞いちゃぁいない。素で聞き直している。


「だからぁ、何かの方法で君はカールが投げたそのドラゴンを拾って来られたんだろ?」


「ああ、その話ね。あれはあなたが言う術っていうのとはちょっと違うわ。何かやるって訳でもない」


答えてくれているようでくれてない。だが、はぐらかしているって感じでもない。


「とにかく、三つ目のルートで」


「エトイナ山に直接行く。ここからでも一日もかからない」


「はぁぁぁ? 一日もかからない?」


さっきみたいな転移魔法? いや、違う。転移魔法なら一瞬だ。一日もかかってしまうとなると魔法ではない。かといってここからセイトに戻るには物理的に一日じゃぁ無理だ。だったら、魔法か。転移魔法とは別のやつに違いない。


「君の言っている意味がよく分からない。が、つまり、君は魔法が使えるんだね。だから君は、ドラゴンを拾ってライオンの塔に戻って来られた。エトイナ山にも一日もかからない」


「いいえ、さっきも言ったでしょ。魔法は使えないわ」


さっぱりだ。話になんねぇ。


「ただ、一日でエトイナ山に行くなら一度立ち寄らなければならない場所があるの」


ああ、もういい。話がかみ合わないのは俺のせいだと思えてきた。俺が話を合わせる。


「それはどこだい」


「あそこ」 


少年が指さした先。そこにはさっき岩があった。今は蒸発して無くなり、視界が広がっている。見えたのはヘルナデス山脈の連なる尾根と長城。


遠く向こう、尾根は西に大きく膨らんでいた。その辺りの山はここより低く、少年が指差した先は明らかに結界の西側、ドラゴンの領域だった。


「シーカーの里があるの」


シーカーの里? まさしくそういった所にそれがあるってカールは言っていた。一時避難には丁度いい。だが、それが行程の短縮にどうつながる。ともかく………。


「タイガーらはどうする。ライオンの塔かその先の蝶の塔で待っているかもしれない」


「彼らなら大丈夫。彼らは歴戦の勇者だもの」


確かに。タイガーが付いているならカールも安心だ。


「キースさん。私をローラムの竜王のところへ連れて行って下さい」


シーカーの場合、エトイナ山に自分で行けるから行こうって訳にはいかない。少年は俺にローラムの竜王との仲介を頼んでいる。


カールもそれは察していたはずだ。やつはそれどころではない。まず、自分の命だ。シーカーにかまってやろうなぞ露ほども思っていない。


「君たちはこのことをカールに頼もうとしていたんだろ?」


「お気を悪くしましたか?」


「いいや」 


カールがいないのが幸いした。気分は晴れ晴れとしている。


「いいよ。大体察していたことだし、俺が出来るなんてもんはそれぐらいのものだ」


「じゃぁ、決まりね」 


少年は谷の方に向かって歩き始めた。足取りが軽い。


「ぼやぼやしないで」


ドラゴンのアーメットヘルムが振り向いた。表情は見えない。が、喜んでいるのは明白だ。俺は追いかけずに言った。


「ちょっと待ってくれ」


「なんですか?」


少年は立ち止まった。


「他に御用でも?」


「なにって。これから一緒に行動するんだ。名前ぐらい教えてもらってもいいだろ?」


「あ、そうですね。すいません」 


そう言って少年は兜を脱ぎ、マスクを取った。


「私はラキラ・ハウル。皆にはタイガーって呼ばれている」


そこにいたのは少年ではない。赤い髪をした、キースぐらいの歳頃の女の子だった。

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