第二章 カール・バージヴァルという男

第15話 パレードアーマー


「竜王のものは竜王のもとへ

 愛する人の亡骸であっても

 言葉と言葉をつなぐ吐息であっても 

 具足を叩く雨音であっても 

 例えそれが走馬灯であったとしても」


俺はアーロン王の前でひざまずいていた。お決まりらしい誓いの言葉を済ますとアーロン王は俺の右肩に剣の腹を置いた。騎士の叙任式で行われる刀礼と同じだ。


といっても、まぁ、俺は騎士になっていない。近衛騎士は誰もがこの刀礼を経て、金色の鎧と赤いマントが与えられるという。もちろん誓いの言葉は俺と違う。王に忠誠を誓う言葉なのだろう。そうして彼らは国王の護衛騎士となった。


俺の場合、与えられるのは刀礼に使った剣だ。柄が白くて鞘も白い。剣を鞘に収めれば真っしろ白。身に着けている鎧も真っ白なら、マントも真っ白だ。


実用性が低い。どちらかというとこれはパレードアーマーというものだろう。姿かたちがキース・バージヴァルだからこそ似合うが、本来の俺ならこっぱずかしい。ウエディングドレスを着るおっさんと何ら変わらない。


ともかく、これで晴れてローラムの竜王と対面する権利が与えられたというわけだ。元の世界に戻れるチャンスともいえる。この世界が何なのか糸口を掴むのは当然のこととして、あわよくばこの世界とおさらばだ。


だから、毒を使う気なんてさらさらない。それにカリム・サンに誓ったのだからなぁ。やつにへそを曲げられては元の世界に帰れなかった場合、目も当てられない。それこそゲームオバー、お終いになってしまう。


アーロン王から剣を手渡された。庭園を埋め尽くした観衆は大喜びだった。お祭り気分なのだろう。こっちの気も知らないでいいきなもんだ。


さっきの誓いの言葉は民衆には聞こえていない。近衛騎士らのガードに阻まれて近くには来られない。それどころか執政も他の大臣も遠くで見守るのみだ。


本来なら王族は王国の守護者でなければならない。金色の近衛騎士らはというと明らかに、大聖堂の絵画にあった金色に輝く赤毛の乙女を意識した衣装である。預言によると彼女はドラゴンらを従えるという。


アーロン王の御前で行った誓いの言葉は、まぁ、王家のみに伝わる言葉ってことになるわなぁ。ローラムの竜王への気の使いようは半端ない。ヘルナデス山脈以西でのことは、見ざる、聞かざる、言わざる、プラス、何も持って帰るなってことだろ。


王族は王族でヘルナデス山脈以西がどうなっているか自分たち以外誰にも教えたくない。お互いウィンウィンってわけだ。


傍に居るのはカール・バージヴァルのみだった。白馬二頭の手綱とバージヴァル家の紋章が描かれる旗を持っている。


彼もまた白装束であった。ローラムの竜王は白がお好みのようだ。バージヴァル家は竜王にこびをうっといて、その一方で金色の装束で国民の顔色をうかがっている。


王家の紋章はドラゴンの天敵とも言われるイーグルだ。これもまた国民へのアピールなのだろう。ローラムの竜王とメレフィス国の王は対等なのだと。


涙ぐましい努力ではないか。それは認めてあげたい。俺とカールは馬に揺られ、人専用の、王家の門へと向かっている。


観衆の声援は鳴りやまない。国を挙げてのお祭り騒ぎだ。急遽きゅうきょ行われた式典なのだから前夜祭はなかったが、その分、今夜は盛り上がりをみせるのだろう。国中から集まって来た人々で街は一晩中大騒ぎだ。


王家の門は、竜王の門より八百メートルほど離れている。庭園の端だ。そこも人々で溢れていた。竜王の門より人々との距離は近い。


カールが観衆に向けて手を振った。観衆は歓喜で応えている。カールは俺にもそれをやれと目配せしてくる。黒髪の、精悍な顔つきの男である。キースとは大違いだ。俺としては、出来ればあっちの方に転移、あるいはアバターにしたかった。


上背もあり、逞しく、骨格も均等が取れている。黒い瞳は威厳や神秘性を感じさせ、目つきに全くトゲがない。優男で病的なキースとは対極だった。


俺はカールに促されるまま、観衆に向かって手を振った。観衆も応えてくれたが、明らかに御祝儀声援だ。やはりカールの人気には遠く及ばない。まぁ、それも仕方なかろう。


人専用の、王家の門が開く。鉄製の扉で外開きだ。幅四十メートルある王城を貫くように通路が一本通されていた。高さ五メートル、道幅五メートルの空間である。


松明が等間隔に灯されていた。向こう側に出られるまで四つの扉を通過する。十メートル置きにそれは設置され、入口のを勘定に入れれば五つの扉を抜けることになる。


扉が鉄製というのがなんとも人専用っぽい。門の守衛も鎧に金箔は施されていない。シンプルな板金鎧、いわゆるプレートアーマーを身に着けている。まぁ、まかり間違っても金色の近衛騎士は城門の向こう側に行かせられないわなぁ。何しろ、赤毛の乙女をイメージさせる。


最後の門が開かれた。俺とカールは晴れて竜王の支配地域に入ったというわけだ。カールは旗を片手に平然と馬を進める。


何も心配がないようだ。いきなりドラゴンが飛来するなんてカールはこれっぽっちも思ってないのだろう。警戒心がまるでない。


俺は軍の士官だった経験がある。初めて戦場に出た時の緊張感たるや、震えや嗚咽に絶えず襲われ、頭も働かず、体も思う様に動かせなかった。


慣れが必要なのだ。カールも一度、ドラゴンの領域に入っている。そういった体験が彼の緊張感のなさに繋がっているのだろうか。


あるいは、白装束っていうのに意味があるのかもしれない。白装束は竜王の客人で襲ってはならないと、ドラゴンらはローラムの竜王に命じられているとか。


「キース、こっちに来い。馬を横につけろ。話がある」


俺はカールの後ろを付いて行っている。言われた通り進み出て、カールの横に馬を付けた。


「大事な話だ。言うなれば旅の注意事項だな」


「はい」


「まずは竜王の門だな。あれはドラゴンの侵入を阻むものではない。人がドラゴンの領域に入らないようにするためのものだ」


人を阻むため? そうか、長城は人の檻。なるほど長城建設の真実はドラゴン主体だった。


「ドラゴンの方は別の方法でエンドガーデンへの侵入を阻んでいる。ヘルナデス山脈の二十座以上ある高峰にドラゴンを阻む魔法がかけられていて、そのそれぞれが連携し魔法の壁を形成している。この辺りでいうと北の“竜王の角”と南の“響岳”を結んだ線がドラゴンにとって境界だな」

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