第13話 赤毛の乙女
俺の言葉でカリム・サンは、はっとした。
「どうしてそれを」
「正直に言うが、マフィアの連中が教えてくれた。きっと記憶を失う前の俺にもそう言って危機感を煽り、その恐怖心を利用して俺を意のままに操っていたんだろう」
「そういうことだったのですか。ですが、殿下。私の素性を知りつつなぜ、秘密を明かすのです」
「これも正直に言うが、誰も信用できないこの状況で俺は藁をもつかみたい気分なんだ」
カリム・サンは笑った。
「私は藁ですか」
「まぁな。それに逆に、おまえが議会に通じているってのも俺にとっては好都合だった」
「と、申しますと」
「考えてもみろ。これは俺への罠でもあるんだ。カールを殺し、無事帰って来たとしても、俺は捕らわれる。カール殺しの罪を着せられてな」
「殺さなかったとしても、殿下はアーロン王に命を狙われる。それは明らかに裏切り行為だ」
「そういうことだ。カリム・サン、昨日手に入れたあれは大事に保管しているだろうな」
「あれ、ですか? あれが役に立つとは思えないのですが」
カリム・サンが疑問に思うのは仕方がない。一見、それは鎧を飾る骨組みのようだ。あるいは、糸でぶら下げて操作する操り人形にも似ている。
身に着けて鎧にするには
だが、違う。あれはパワード・エクソスケルトン。別名、強化外骨格。俺の世界では本格的な戦闘にはスーツタイプで、民間人が含まれる市街地では外骨格タイプが常識だった。
強化外骨格はフライホイール蓄電システムを採用し、電気アクチュエータで可動する。フライホイールは磁場からの磁力で動く。地上ならいつでもどこでも動くので、何千年か経った今でも使える可能性は高い。
「いいからあれを誰にも見せるな。俺が欲しいというまでどこかに隠しておけ。カールは殺さない。だから分かったな。絶対に誰にも渡すなよ」
☆
イザイヤ教はおよそ二千年前に興った。ワイアット・ヤハウェを
エンドガーデンの五国の内、アメリア、ユーア、ロージニアの三国において勢力を誇り、ユーアには自治領、自治政府を置いていた。
この世界は、俺がいた世界の未来だと俺は考える。言葉もさほど変わらないし、イザイヤ教なぞまるでキリスト教だ。政治形態もこの時代にそぐわない立憲君主制で三権分立も意識的にシステム化されている。旧時代の名残りなのだろう。
だが、地形が違い過ぎる。“矢尻とクローバー”と称する大陸の位置関係。天変地異があったとでもいうのだろうか。
伝説によると有史前、地上はドラゴンの楽園だった。人類は天から降りて来たとか、かっこよくは言っているが、要は人類はこの世界に後から来た。
天変地異があり、人類は宇宙空間に逃げた。そして、戻って来た。ところが地上はドラゴンと魔法の世界である。それを許す人類も人類だが、どんだけ宇宙に漂っていたかって話でもある。
この世界をパラレルワールドだとしよう。では、なぜ、あのアンドロイド“NR2 ヴァルキリー”がいたのか。オーパーツのごとく“ハンプティダンプティ”が地中に埋まっていて、それが発掘されるという滑稽なことがなぜ、起こってしまったのか。
俺が見たアンドロイドやロボットは全て量産型だ。パラレルワールドでも、これが量産されていたというのか。あのアンドロイドも俺が使っていたアンドロイドと酷似している。
パラレルワールド―――。違うな。かといって未来というのも釈然としない。
大聖堂の壁画や天井画はイザイヤ教の教えが描かれている。天から降りて来る人々と“罪なき兵団”。ドラゴンとの大戦。天使と話すワイアット・ヤハウェ。やはりなにか大事なピースが欠けている。
「お待たせしたようですね」
大司教、マルコ・ダッラ・キエーザが立っていた。
「いえ、今しがた来たところです」
俺がそう答えると大司教は手を差し出した。低い位置でなかったことから、ひざまずかなくていいと咄嗟に感じた。俺は立ったまま、大司教の手にキスをした。
正解だったようだ。大司教は満足したのか、俺の横に移動して来た。俺が見ていた壁画を一緒に見ようというのだ。俺は、天使と話すワイアット・ヤハウェの壁画の前に立っていた。
「預言のことは聞かれましたか?」
大司教は、俺が記憶喪失だという情報は当然得ている。王立騎士学院にも足しげく通っているのも知るところだろう。
「預言ですか?」
聞いていない。だが、宗教には預言は付きものだ。
「そうですか。では、お教えしましょう。預言によるとヤハウェが天に旅立ってから二千年後、神の御子が人の姿を借りて地上に降り立ち、ドラゴンの王となる」
大司教は別の壁画の前に移動した。俺もついて行く。
大司教が立ち止まったその壁画は、ひれ伏す多くのドラゴンを前にして剣を高々と掲げる赤毛の乙女が描かれていた。鎧は黄金に輝き、剣は光を放っている。
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