第12話 アーロン王

俺は如何に国王が偉大かを長々しく言い、今回の決断への感謝の意を述べた。


ちょっと調子に乗り過ぎて、嫌味に取られる心配はなくはない。だが、それくらいが丁度いいと判断した。兵隊の行進では足を高々と上げるだろ。見ようによっては滑稽だが、こういうことはぎょうぎょうしく、大げさにやるものだ。


権威の権化で、伝統の担い手たるアーロン王は誰よりもそれを分かってくれるのではないだろうか。なのにだ、反応が薄い。いや、全くない。


おそらくは、ご立腹なのであろう。俺にじゃない。目の前にある現実にだ。俺は儀式を経ずしてローラムの竜王と会う。自分が考えているものとこれは違う、とアーロン王は叫びたいはずだ。


そもそも一足飛びにこうなったのは例の、罪なき兵団騒ぎが原因である。カールはどうしてそこまで古代の遺物にこだわるのか。


カールと組んでいた学匠のハロルド・アバークロンビーは考古学者で冒険家だそうだ。王立騎士学院で教鞭を取っていたこともある。罪なき兵団は実在し、天から人を運んできた箱舟ラグナロクは今もどこかに眠っていると信じている。


今回の事件で逮捕されたらしい。ハロルドは牢獄で、罪なき兵団を追え、と叫んでいるという。そこに箱舟があるらしい。


もしかしてカールはドラゴンを滅ぼすため、過去の遺物を引っ張り出そうとしていたんじゃぁないだろうか。ハロルドの論だとラグナロクは眠っているだけ、だそうだ。


言うまでもなく、王権はローラムの竜王によって保障されている。これは王権への挑戦に他ならない、とそう思うのは俺だけだろうか。


俺がアーロン王に会っているのもおそらくは、カールを廃嫡させるためだ。ローラムの竜王と契約を終えればただの王族ではなく、魔法が使える王族となる。キースを真の王族として迎え入れ、王の後継者として内外に示す。


俺の立場は悪くはなかった。当然、言葉の最後は自分の望みで締めくくった。


「私は一度、命を落としました。ですが、生かしていただきました。これはひとえに国王陛下のおかげであります。国王陛下の威光が天にも及ぶあかしなのでございます。ただ、大司教にも感謝したいと思っております。彼の言葉は国王陛下に及ばないまでも天に祈りを捧げてくれました。その努力は王家への尊崇の証でもあります。私は王家の人間としてそれに答えなくてはなりません。ローラムの竜王との契約に旅立つ前に一言礼を申し上げたく、それについて国王陛下に許可を頂きたいと思っております。どうかお許しを」


アーロン王は立ち上がった。ひょろっと背の高い男である。それが言った。


「来い」


アーロン王は玉座の後ろ、王の私室へ去っていった。無表情で、機嫌が悪いのか悪くないのか全く分からない。まぁ、俺が大司教に会いたいと言ったらこれだ。言うに及ばずお怒りなのだろう。


大臣やら近衛騎士やらが白い目で俺を見ている。用意した式典が台無しって感じである。俺のせい? いいじゃないか。あんたらが咎められるわけじゃぁあるまいし。


さて、アーロン王はどうでるかだ。差しで話したいというなら致し方ない。こっちも腹をくくるまでだ。


俺は王の私室に入った。アーロン王以外誰もいない。部屋には大きなデスクがあり、書類が山となっていた。アーロン王は一日中、あの書類を読み、サインを続けているのだろう。ちゃんと仕事はしているようだ。


俺の前に骨ばった手が差し出された。この仕草は見たことある。ムーランルージュで俺がやらされた。この場合、あれとは逆に俺があの支配人のようにやればいい。


進み出てひざまずき、アーロン王の手を取って、そこに口づけをした。


アーロン王は何もなかったかのように、机に移動し、座った。


「立派な口をきけるようになったな」


褒めてるのか、けなしているのか。曖昧な言葉に返答はしまい。俺は深々と頭を下げたままで、次に発せられる言葉を待った。


「そちの願い、聞き届けよう」


ほっとした。開口一番があれだけにどうなるか、とは思ったが。


「有り難き幸せ」


俺はまた、頭を下げた。


「そちの願いをきいたのだ。の願いを聞き届けてくれるのだろうな」


そう言ったっきりアーロン王は言葉を発しず、静かに机の引き出しを引いた。


なるほど、そう来るか、と俺は思った。一筋縄にはいかない。さて、どんな要求を突き付けてくるか。俺は言葉を待った。


アーロン王の動作はちょっとしたものであった。だが、俺には長く感じた。引き出しから小瓶を取り出し、机の上に置いている。死んだ目が強い眼差しに変わっていた。


「これをカールに飲ませよ」





俺は、侍従武官のカリム・サンと侍従フィル・ロギンズを連れて長い廊下を自室に向けて移動していた。俺が無口なので二人とも喋らない。


部屋に戻って来ると、おれ達でお祝いをしたい、なんかうまい物でもかき集めてくれとシルヴィア・ロザンには指示し、部屋から追い払った。一方でフィル・ロギンズには大司教との面会について言伝ことづてをさせるため、教会に行かせた。


カリム・サンと二人きりとなり、この状況に何か察したのか、カリム・サンの方から先に口を開いた。


「何か問題でも?」


俺は小瓶を差し出した。


「なんですか、これは」


「毒だ。無味無臭。幻覚の作用もあるらしい。苦しまず、眠るようにけるそうだ」


「こんなもの、どうして」


「旅の途中、カールに飲ませと国王陛下がおおせだ」


ドラゴンとの契約には言うに及ばず、ローラムの竜王に会わなければならない。当然、ローラムの竜王はドラゴンの領域を統べている。エトイナ山という特別な場所に君臨していた。


俺たちはドラゴンの領域奥深く、そのエトイナ山まで行かないといけない。


言うまでもなく、危険な旅となる。それ相応の装備をした専門の部隊が必要だ。エスニックグループ“シーカー”と呼ばれる武装集団がその役を担う。その他には、契約を手助けするための介添人が旅に同行する。


介添人には契約の経験のある王族の一員が選ばれ、カールの場合、アーロンの弟がその役を担ったという。その弟とは賜姓降下しせいこうかし、ウォーレン州の知事となっている男である。俺の場合、アーロン王が介添人に指名したのはカールであった。


「それで、殿下はどう答えたのです」


「断ることなぞ出来まい」


カリム・サンは言葉を失っていた。“十人の後見人”によるとカリム・サンは議会の回し者で、カールを守るためなら何でもやるという。


「俺を殺すか? カリム・サン」


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