第11話 偽の式典

考えていた通り、遺跡の発掘現場には人っ子一人いなかった。ここまで来る途中、パニックに陥った市民らの一団を多く見た。大聖堂に向かっているようだ。


頼るべきは、王ではないようだ。確かに王族はローラムの竜王との契約人でもある。言うなればドラゴンから選ばれた存在で、ドラゴンとの関係は他の者達よりずっと近い存在だった。


それが権威となり、魔法を持つことで権力となった。誤解を恐れずに言うなら王権はドラゴンに与えられた。つまり、王はドラゴンの代理人で、ドラゴンに対してのみ責任を負う、ということになる。


本来、王権は神によって与えられるべきだと考える者もいよう。そこにきて、罪なき兵団である。石造だと思われた神の軍団が動き出した。神は見放さなかったのである。


人々の向かう先は大聖堂、竜王の門より神の家だった。当然の成り行きだと言っていい。


時間が経ればこのパニックも沈静化する。そして、遺跡の発掘現場には多くの人が集まって来るのだろう。盗賊や野次馬は元より、イザイヤ教を信仰する人々も集まって来る。


初めは小さな礼拝所が造られる。噂も広まり、やがては世界中から人々がこの地を目指す。


その時には、小さな礼拝所はもう役に立たない。大聖堂でも間に合わなくなり、街自体が宗教都市に変貌していく。


遺跡の発掘現場は大きな縦穴が掘られていた。木製のエレベーターがあり、その袂に階段がある。エレベーターは歯車や滑車を使った人力で、それで昇降するには、今は人手がない。


階段を使って最深部まで降りた。ブロントサウルスのあばら骨のような、大きな金属の骨組みがあった。おそらくは輸送機の胴部なのであろう。墜落し、放置されたか。


明らかに遺跡ではない―――。カールと学匠のハロルドはこの事実を隠していた。いや、隠していた張本人はアーロン王なのかもしれない。


この光景を目の当たりにすれば間違いなく教会はここの地権を主張する。アーロン王はそれを見越していた。出来れば波風立てたくなかったが、この期に及んでそれも無理な話だ。教会とアーロン王の対立は表面化する。


アーロン王は教会に対しては一歩も引けないはずだ。一つでも譲歩すれば王都センターパレスどころか全てが奪われてしまう。アーロン王としては誰が為政者なのかを示さないといけない。


ここにある全てを持ち出し、国家機密ということでどこかに隠される。あるいは、全て埋め戻されるか。


おそらくは無かったものにするのだろうな。早々に手を打つはずだ。すでに衛兵らを向かわせているかもしれない。俺としても引き時だ。大体事情はつかめた。


つまり俺は、未来の地球にいる。あの金髪の女は間違いない。思い出せた。アンドロイド“NR2 ヴァルキリー”。


“ヴァルキリー”は俺が軍にいた時、秘書兼護衛として使っていた。凡庸性の高い機体で戦場にでも使えるし、スパイとしても活用できる。おそらくは、何かのきっかけで動き出したのだろう。


その彼女が“ハンプティダンプティ”を回収した。彼女自体、過去に命令されたことを今になって実行に移したに過ぎない、とは思うのだが、もしかして、俺のような、時を越えて転移して来た者が彼女に命じた可能性も否定できない。


いずれにせよ、“ハンプティダンプティ”が飛んで行った南東方向に答えはある。


不意に背中を押された。カリム・サンが何かにつまずいたようだ。転びそうになって俺の背に当たった。


ここは深い縦穴の底である。光が差し込んでいる所と陰になっている所の明暗の差は大きい。日陰への移動は目が追い付かない。


カリム・サンは八つ当たりか、つまづいた場所を蹴っていた。そこには金属のパイプのようなものが折れ曲がってあり、地面から三角に突き出していた。


「カリム・サン。これを掘り起こすぞ」





俺は玉座の前にひざまずいていた。正面の玉座にはアーロン王がいて、その両サイドには執政を始めとする多くの大臣、長官が並んでいた。


アーロン王の頬は痩せこけていた。よっぽど神経をすり減らしているのだろう、精気が全く感じられない。


ただ、プールポワンは詰め物ががっちり入れられていて、肩は盛り上がり、胸板は厚く、そのうえで、頭には王冠、手には王笏おうしゃくと宝珠。存在感は半端ない。


言い換えれば、飾りばかり目立って本人の存在感は全く感じられない。大きな玉座も、持て余すように座っている。


執政が前に出て、紙を読み上げる。高らかに、そして、ぎょうぎょうしく、文字を追った。


要は、ドラゴンと契約して来いってことだ。慣例では幾つかの行事や儀式を経たのち、十八歳の誕生日になって初めてそれが許される。内外の王族を招いて酒宴も、その中にはあった。


どうやら俺はそのどれもをやっていないようだった。それで、なのだが、主だった臣下を集め、あたかも過去からずっと続けて来た式典を行うようにこの場を取り繕っている。


これは俺にとっても都合のいい話だ。思いもかけず、アーロン王に会える機会を得たのだ。しかも、公式のようで公式ではない。伝統を無視したことなのだから、俺がどう出ようが誰にも咎められない。


大司教に会う理由はもう考えている。あとは切り出すタイミングだけだ。


執政が全ての文を読み終えた。この後、王による有り難い言葉があるのだろう。そして俺は、それに対して受け答えをしなければならない。その時こそチャンスだ。大司教に会うと訴える。


ところが、アーロン王は黙して動かない。寝てしまったのだろうか。いや、目はきっちりと開いている。


何ともやりにくい男だ。謁見の間は水を打ったように静かだった。


俺もイライラしたが、執政もイライラしたのではないだろうか。だが、それをおくびにも出さず執政は、すでに王の御言葉を頂いた風を装って、儀式を先に進めた。


「キース・バージヴァル殿下」


俺も前に習えだ。有り難い言葉を頂いたつもりでうやうやしく立ち上がった。

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