第8話 確執
キースは命の危険に絶えずさらされていた。それが彼の精神を不安定にさせ、奇行に及ばせたのだろう。カリム・サンがスパイなのは疑う余地はない。だが、刺客というのは考え過ぎではないか。
例えそうだとして、カリム・サンに問いただしても答えることはないだろう。真偽のほどは分からない。分かっていることは、キースは身内の誰にも心の内を話せなかった。父親でさえだ。
父のアーロン王は葬儀にも来なかったほどだ。一族の恥と国内外へ示したことになる。確かにキースは王族にあるまじき行為を行っていた。自分が蒔いた種だとも言える。だが、キースには逃げ道がなかった。
犬に追い込まれる羊のようにあの、偽の玉座にたどり着いた。酒池肉林に溺れるあの地下はキースにとって安息の地であったのだろう。夜が明け、朝を迎えると現実に引き戻される。本物の玉座には父、アーロン王がいた。
飲んで酔っ払って、王城に帰って来るといたいけな少女に暴行を働く。思春期だったのもあるだろう。性に目覚め、気力が溢れ、自我が芽生える。
反抗的になって親にも盾突くだろう。俺にも身に覚えがある。だが、キースは王族なのだ。本来ならそれは許されない行為だ。俺とは違う。
馬車まで時間があった。遊女屋の区画、遊郭を出る。人の行き来はまばらだった。ここならカリム・サンも警戒せずに少しは話してくれるだろう。宮廷では、どこにどんなスパイがいるか分かったもんじゃぁない。
「“十人の後見人” を操っているのは誰だ」
カリム・サンは驚く表情を見せた。歩みを緩め、うつむき、足を止めた。何か考えているのだろう。その時間は与えてやる。
カリム・サンの言葉を待った。行き交う人々は俺たちに見向きもしない。ここはお互い知らんぷりが不文律の街だ。
「殿下はやつらとどんな話をしたんです」
カリム・サンがまず気に掛かったのは自分の素性がバラされたかどうかなのだろう。だが、それはもうすでにキースの知るところだ。
マフィアの教え通りキースはカリム・サンを遠ざけていたはずだ。カリム・サンもそれは肌で感じていたであろう。それは初めて会った時のカリム・サンの目つきが物語っていた。
「シルヴィア・ロザンの解放を求めた。で、つなぎの代役はお前がやると提案した」
カリム・サンは呆れた顔である。まぁ、そうなるわなぁ。
「で、やつらの答えは?」
「断られた」
カリム・サンは髭が無いのに、あるように顎を撫でた。
「でしょうね。で?」
「で?」
「つまり、………」
カリム・サンは戸惑っているようだ。頭を掻き始めた。
「殿下はなぜ“十人の後見人”を操っている者がいると感じたのです」
“十人の後見人”が事情通な上、キースを王にする気満々だ、というつもりは俺にはない。
「マフィアだろうがなんだろうが、普通十人集まれば話はまとまらないものだ。そうだろ?」
「確かに」
「そのうえ、ああいう
「分かりました。今から話すのは、実は殿下のみ知らないことです。落馬する前の殿下は普通とは言い難かった。だから、誰も
「今なら話せるだろ?」
「はい。ですが、あなたはいったい何者です。ただの記憶喪失とは思えない。あなたの言葉はまるでその………」
「その? はっきりと言え」
「いや、はい。言いにくいことですが、言葉使いや態度がまるで年寄りのようだ。わたしの親父か、恩師の学匠みたいです」
「誰でもいいじゃないか。おまえにとって今の俺は都合がいいだろ?」
「悪魔に囁かれているようだなぁ。騙されているようで怖い」
「いいか、カリム・サン。俺はシルヴィア・ロザンを助けたいだけなんだ。それにお前は言っただろ。キースに
カリム・サンは目をつぶって、こくっと頷いた。やっと話す決心がついたみたいだ。
「“十人の後見人”を操っているのは教会です。マフィアの連中はボスになりたいため信者となったのか、信者がボスになったのかは分かりません。そもそも社会の底辺の者に信者が多いのです。自然とその流れになるのでしょう。ボスも、子分が信者だから自分も信者である方が組織を統制しやすい」
「教会の裏の顔がマフィアで、資金もそこから調達している」
「はい。その通りです。ですが、それだけでは御座いません。彼らは選挙にも介入してくる。議会にも多くの人間が入り込んでいるのです」
「どうやって介入してくるんだ」
「流言やデモです。捏造や歪曲、あることないこと宣伝して世間に広めるのです。そして、敵対する議員を潰したり、身内を議会に入り込ませたりする」
国立騎士学院で魔法の存在を聞いた時は驚きだったが、中世の雰囲気が漂うこの世界で選挙が行われていると学匠が話した時も驚きだった。しかも、三権分立がなされているという。
宮廷が行政、議会が立法、裁判所が司法。見ようによっては民主主義の
マフィアがキースを王にすると自信を持っていたのも、カリム・サンに警戒心を抱いていたのも、納得出来た。
「教会か。漠然としてるな。誰に会えばいい。法王か?」
隣国ユーアに教会の自治区がある。そこに法王がいる。
「いいえ。大司教でよろしいでしょう。昨日、王室礼拝所で殿下を介抱した者の中にその大司教がいた」
「では明日、会うとしよう」
「それはなりません。国王陛下の許しが必要です」
そういうオチか。王が葬儀に出なかったのはキースとの確執もあったのだろうが、その本質は王室と教会の確執なのかもしれん。
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