第7話 二人のスパイ


やはりな。こいつら、俺にまた子供をよこすつもりだ。といっても俺は見た目、ガキなんだから丁度いいって言えば丁度いいってことなんだろうが。


「それについて話しておきたいことがある」


「まさか、」


さっき、笑い交じりで言った男の声色が変わった。低い声で部屋に良く響いた。


「断ろうっていうんじゃぁないだろうな」


次に白髪交じりの男だ。


「すでに宮廷とは話がついている」


別の男が言った。


「そこでも大金が払われたってことだ」


何が大金だ。てめぇらが弱いもんから吸い上げた金を、さらに旨味を吸うために回しているってだけだろ。こっちは知ったこっちゃぁない。


「実は少し不満があってな。ここに来たのは祝いの場を開いてくれた礼を言いに来た訳ではない。君たちから贈られて来る品について話し合おうと思ってな」


俺はガラス張りの壁の方へ向かった。そこからだと“十人の後見人”の表情がはっきりと分かる。一方で、俺の表情は見えにくい。


「俺はそういうのを止めようと思っている」


一番年上のじじいが下品に笑った。


「我々との関係を断ちたいというのか。これは笑える」


「まぁ、待て。早とちりしてもらったら困る。俺はあんたらみたいな者を全て否定しているわけではない。世の中、綺麗ごとばかりで収まらない。それは十分承知しているつもりだ」


「一度死んで随分と賢くなったな」


そう言ってじじいはまた下品に笑った。白髪交じりの男が言った。


「提案を聞こうか。お前はどうしたい」


俺は部屋の外を眺めた。玉座はほぼ真下だった。地下の王国に、神のように振舞う闇の住人。そんな構図が、この地下全体の構造から見て取れた。


「今日連れて来た男があんたらとのつなぎ役となる」


玉座の横でカリム・サンが心配そうにこちらを見上げている。


「俺の性癖の方はもうあんたらが心配しなくてもいい。喜ばしいことに一度死んで解決出来たようだ。だが、あんたらとしてはつなぎ役が居る。俺の後見人を自称しているもんな。俺をほっとけない。つなぎ役さえいれば慰み者はいらなかろう。これで双方問題無しだ」


口ひげを生やした短髪の男が言った。


「いや、大ありだ。カリム・サンは議会の回し者。議会はカールを全面的に支援している。アーロン王はそれが気に入らない。そもそもアーロン王はカールの恋人をきさきにしたんだ。二人には確執がある」


はぁ? 回し者? ってことは、敵対する者同士のスパイが俺の部屋で同居しているってことか。で、王と王太子の確執ときた。


まじでか。王立騎士学院に行って全部知った気でいた。確かに、歴史古文書局長はこんなことは教えられまい。


とはいえ、口ひげ野郎が嘘を言っているとは思えない。カリム・サンが俺のことが気に入らなかったのも、そのうえで放置していたのも、口ひげ野郎の論で筋が通る。


白髪交じりが言った。


「カールはいつか廃嫡の憂き目にあう。ただし、あんたが健在ならな。あるいは、カリム・サンはだだの監視役ではない。議会はあんたが健在では困るんだ。いつもあんたを事故と見せかけて殺す機会をうかがっている」


殺すねぇ。落馬したのはカリム・サンの仕業と匂わせる辺り、俺を舐め腐ってる。俺はそうは思わなねぇよ。それにキースは王ってがらじゃぁない。誰もがそう思ってる。昨日来たばかりのこの俺でも断言出来るぜ。


キースは殺すほどの男ではない。だが、まぁ、カリム・サンが何者で、何をしたいかが、分かったのはラッキーだ。俺は王になる気もないし、キースを王にする気もない。むしろ、議会側に立ってカールを応援したいぐらいだ。そういう点で言うなら逆にカリム・サンは利用できる。


白髪交じりの右隣りの男が言った。


「本当だったんだねぇ。キース・バージヴァルは一度死んで全部を忘れたって。でもねぇ、我々はあなたの命を守っているんですよ。それを忘れてもらっちゃぁ困る」


困るって? よく言うよ。俺に死なれたらあんたらが困るんだろ。俺を信頼し、手助けたいから肩入れしているわけではない。


だいたい後見人を名乗ってるわりにはやっていることが真逆なんだって自覚はねぇのかよ。王になる資格を失わせたのはてめぇーたちで、その気がなかったとしてもキースの落馬にはてめぇーたちが間接的に関わっている。


それでもだ。


俺を王にしようと言う。こいつらの自信はどこからくるのか。曲がりなりにもマフィアのトップに上り詰めた者たちだ。アホでは無かろう。そこが腑に落ちない。王とカールに確執があり、もしカールが廃嫡したとして本当に俺が王になれるのか?


カリム・サンがスパイなら、こんなやつらと付き合っているのはすでに議会にバレバレだ、ってことになる。王にはまだ子がいたはずだ。キースの母親は亡くなっている。つまりは腹違いの弟、ブライアン・パージヴァル。


そのうえで、後見人を豪語するこいつらの、この態度。こいつらには強力な後ろ盾があると見た。いや、こいつらもシルヴィア・ロザンのようにただ使われているだけかもしれん。黒幕がいる。


カリム・サンなら知っていよう。帰ったら問いただす。こいつらとこれ以上話し合ったって埒が明かない。


「俺は君たちのことを誤解していたようだ。今日のことは忘れてくれ」


じじいが笑った。


「やはり死んで賢くなったな」


俺はうやうやしく、頭を下げた。そして、ガラス張りの壁から進み、出口のドアの前に立った。


「ところで、さっき言っていたお祝いの品、それを頂いたらシルヴィア・ロザンはどうなるんだ。お払い箱になってどこかの遊女屋に売られてしまうのか? 秘密を知られたからって、まさか殺しはしないだろうな」


白髪交じりの男が言った。


「あなたの心配するところではない」


「まぁそうだが、情が移るってことはある。出来ればこのまま城に置いておきたいんだが、どうだろう。俺はこのとおり全てを忘れてしまって、あんたらにこれまでどんだけよくしてもらったかを、なにも覚えていない。こういっちゃぁなんだが、覚えていないことなんてどうでもよかったりするしな。だが、今なら忘れない。ずっと感謝するが」

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