第6話 偽の玉座
俺は歩き出した。カリム・サンが後を追って来て、俺の横に並ぶ。
「シルヴィア・ロザンはあんたの慰み者で、やつらの小間使い、スパイだ」
カリム・サンも気付いていた。確かにこの招待状もシルヴィア・ロザンの手に渡ったのは、時間的に俺が大聖堂から王城に運び込まれたあの時しかない。人込みに紛れ、誰かがシルヴィア・ロザンに接触した。
「やつらとは?」
「マフィアだ。エンドガーデン各地を牛耳る十人のボスが間違いなくその“十人の後見人”」
「つまり、俺はやつらの神輿で、やつらはそうすることでやりたい放題やっているっていうことだな」
後見人か。含みのある言葉だな。やつらは俺を王にでもするつもりか。
「ムーランルージュの場所は知っているな。俺を案内しろ」
マフィア、それにスパイ。“十人の後見人”とやらにますます会ってみたくなった。
☆
ムーランルージュは遊女屋ばかりが集められた区画、遊郭にあった。形が奇抜な建物や派手な色の建物がある中、ムーランルージュだけはコンクリート造りで、四角くて色は白く、二階と三階にバルコニーがある飾りっ気のない建物で、それがかえって派手な遊郭で一際目立たせることになっていた。
入口のドアはかがり火で照らされている。兜無しだが鎧を装備した男が二人、俺たちを出迎えた。
男たちは俺の顔を見るなり態度が変わった。俺をエスコートしようとしたが、カリム・サンの入店は拒んだ。
俺は男たちに、こいつは俺の友人だ、と話した。上の許可が必要なのか一人が店に引っ込んで行って、しばらくして、戻って来た。カリム・サンも入店を許されたのだ。中で待っていた別の男に案内され、暗い階段を下り、地下に向かった。
地下は、店の大きさからは想像できないほど広い空間だった。この世界では、土地の権利は地上だけしか認められてないのかもしれない。あるいは、地上の地権者がグルなのか。地下は多くの人が行き交い、しかも、男も女も裸同然であった。
そこら中で人の目を気にすることなく性交を行っている。酒が次々に運ばれ、テーブルの上には果物や肉が溢れ、漂う煙はタバコか、麻薬なのだろう。
キースが甦って息つく間もなくパーティーが開かれる。それは出来過ぎだと勘ぐったが、なんのことはない。これが夜な夜な繰り広げられていて、キースはこれ目当てに日々城を抜け出していた。
俺は案内の男に壇上へとうながされた。数段ある階段を登り終えると大きな椅子に座らされる。前にはテーブルはなく、もちろん、そこは床より高い位置にある。地下全体を見渡すことが出来、まるで玉座のようであった。
想像以上。これじゃぁキースのアホウと
音楽が止んだ。性交をしている者も喧嘩している者も誰彼関係なくその場にいた全員、手を止め、ひざまずき、俺へと向かって頭を下げる。
カリム・サンは俺の横で、王を護衛する近衛騎士団長のように突っ立っている。
音楽が再開された。正面ずっと奥には舞台があって、楽団がいて、美女が躍る。地下空間の中央には大きな風呂もあり、湯船の中で男女がくんずほぐれつ
テーブルは所々に配置され、バーカウンターもある。水たばこのようなものを吸っている者もいたり、粉を鼻ですすっている者もいたりする。
案内の男が去ると俺の前に別の男が現れた。数段しかない階段を上がって来て、ひざまずき、己の手のひらを上に向け、俺に差し出す。
俺はカリム・サンに視線を送った。カリム・サンは終始引いていたが、男がひざまずくその光景にはあからさまに恐怖の色を表情に滲みだしていた。強張り、青ざめている。額には汗がつつっと流れていた。
この俺が、まるで王なのだ。冗談にしてもほどがある。異世界人の俺でも分かる。これは明らかに反逆行為だ。
「殿下、お手を」
はっとし、俺は男に視線を戻した。仕方なく手を差し出す。男は俺の手に自分の手を添えると、俺の手の甲にキスをした。
「ご落命したと聞いてどんなに悲しんだことか」
男は俺の手を離さない。
「それがまた、このように殿下にお会いできたのです。こんなに嬉しいことがありましょうか」
男の頬に一筋涙が走った。男は泣いて見せたのだ。
「すいません。あまりの喜びで殿下の前で醜態をさらしてしまいました。お気を悪くなさらないように。さぁ、さぁ、ファーザーたちがお待ちです。ご尊顔賜りたいと」
男は俺の手を軽く引き上げ、立ち上がるように促した。
その手に
この男は武闘派ではなくこの館の支配人であろう。マフィアにしては貴人の扱いに長けている。
「カリム・サン殿。あなた様はここに残るのがよろしかろう。ファーザーたちはまだあなた様を信用していない」
支配人の言う通りにするほかない。俺はカリム・サンに残るように命じて、誘われるがままに支配人の後に付いて行った。
玉座の後ろ壁にある階段を上がる。連れていかれた部屋は地下のフロアと地上のフロアの中間あたりか。ドアの前に立つ。ここに“十人の後見人”とやらがいる。さて、ご尊顔を拝するといこうか。
支配人らしき男がドアを開けるとそこには大きな円卓があり、その奥の壁はガラス張りであった。この部屋からは、地下フロア全体が
円卓には男が十人座っていた。どいつもこいつも、胸や肩に詰め物をしたプールポワンを着ている。俺を見てもピクリとも動かない。
歳は若いやつでも四十代ぐらい。上はよぼよぼのじじいまでいた。ガラス張りの壁からの光で逆光になっていて、その表情は読み取れない。
白髪が混じるオールバックの男が立ち、貴族風の礼を見せた。
「ご健在で何より」
俺は返事を返さなかった。白髪混じりの男が続けた。
「祝いの品が明日、届くだろう。今日は心おきなく遊んで行ってくれたまえ」
祝いの品? キースへの贈り物。嫌な想像しか出来ねぇな。
「それは有り難いが、気分がすぐれないんだ。今日は挨拶だけにして、これで帰らせてもらうよ」
「そうか。遊んでいかないのか。それは残念だ。では、明日の祝いの品をお楽しみに」
「ふーん、明日ね、待ちきれないな。何が届くんだ」
別の男が言った。笑い交じりの声だった。
「君は、物は喜ばない」
また別の男が言った。
「あなたは剣とか、宝石では満足しなかった」
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