第9話 美女
アーロン王はキースが教会にたぶらかされているのを知っているんだ。キースに対して失望していたとするなら、教会には並々ならぬ怒りを感じているはずだ。
さて、どうしたものか。
ふと、女が、カリム・サンの後ろを通った。フードから垣間見た金髪と、シャープな横顔。完全に見覚えがある。
「おい、君」
俺に呼び止められ振り向いた女―――。その目鼻だちは、黄金比という言葉を持ち出したくなるほどの完璧な配置とバランスだった。これほどの美人を忘れるはずはない。
しかも、記憶があるとすれば、この世界に来る前の記憶だ。もしかして、彼女と話せば前の世界に帰るヒントを掴めるかもしれない。
「君。どこから来た。俺を知っているか?」
女は歩を速めた。その反応ではっとした。俺を知っているかなんて冷静に考えたら相当な愚問だ。今の俺はおっさんではなく、十八歳になる金髪碧眼の色男だ。俺に見覚えがあるはずがない。
「違うんだ。話を聞いてくれ」
足早に去って行く女を、俺は急いで追った。
だが、女を見失った。路地に入ったかと思うとその姿は煙のごとく消えてしまう。
通りは、三階建てが両サイドに並ぶ
誰かが建物に引き入れたのか? あるいは、壁をよじ登ったのか。しかし、両方とも有り得ない。時間的にどちらも不可能なのだ。
狭い路地で呆然とたたずむ俺は、ふと視線を感じて空を見上げた。まさかジャンプして? そんなわけがない。
視界にあるのは、建造物に挟まれ四角く切り取られた、星がきらめく夜空だけであった。
☆
城壁の上から朝日を見ていた。王都センターパレスは、王城と市街地をひっくるめてそう呼ばれている。王城と市街地を分けていう場合、王城は“竜王の門”と称されていた。
“竜王の門”は俺の世界でいう万里の長城に似ていなくもない。城壁自体が城なわけだから、あながち間違いではないだろう。
ローラム大陸はドラゴンの領域と人の領域に区別される。圧倒的にドラゴンの領域の方が大きいわけだがそれでも、人間の領域はオーストラリア大陸ほどの大きさがあった。エンドガーデンと呼ばれるものがそれだ。
ドラゴンの領域と人の領域を隔てるのはヘルナデス山脈だ。南北全長三千三百キロメートル。そこに三千メートル以上の高峰が二十座以上そびえ立つ。
そのヘルナデス山脈の尾根伝いに城壁が造られた。伝説ではドラゴンとともに建設したという。城壁は延々と三千三百キロメートル続くのだ。
所々、城壁の高さは異なっていた。大まかに言うなら高峰では低く、山裾では高い。規模の大きさから言えば、最も堅牢な城壁は五か所あり、それは各国に一つずつあった。幅が四十メートルで高さが三十メートル。
この五か所の特異な点は扉があることだ。それぞれ大きさが違うのだが、ここ“竜王の門”と呼ばれる場所は高さ二十メートル、幅も二十メートルで、最大を誇っている。そして、その扉の両サイドには城壁搭がある。城全体見渡すとぱっと見、巨大な門扉だ。
扉は世界樹製。両開きであるが、今まで開いたことはないという。また、木造であるにもかかわらず、過去に修繕したという記録は残っていない。
まったく朽ち果てないのだ。世界樹はドラゴンと同じく、魔法の産物とされている。伝説によるとエンドガーデンの全ての世界樹は切り倒され、この王城で使われたらしい。
だから、エンドガーデンには世界樹が自生していない。もったいない限りだ。家とか船とかに使えそうなものなのに絶滅させてしまった。
ただ、世界樹はまったく滅んでしまったわけではないらしい。王城の西側、ドラゴンの領域に入ればごまんとあるという。
逆に言えば、それほどまでして人とドラゴンは巨大な門を造らなくてはならなかった。
実は、この門は文字通り、ドラゴンの通り道らしい。五つある中で最も大きいここは”竜王の門”と言われている。竜王の名を冠するだけあって、ここに住まうメレフィス国の王族はローラムの竜王にとって特別な存在ということになる。
といっても、それは人間の勝手な想像で、定かではない。ただ、人はそういった伝説の類に畏怖の念を抱くものだ。現に、他の王族もメレフィス国の王族に一目置いていて、メレフィス国の王族はずっと各王族の盟主のような役割を担っている。
その”竜王の門”からの眺めは最高である。目の前は巨大な庭園で、その先に街がある。大聖堂を中心とした中世ヨーロッパを思わせる街並みで、朝焼けの風景がよく似合っていた。
絵にかいたような風景である。このような美しい街を支配するアーロン王―――。
俺はすぐにでもそのアーロン王と会わなければいけない。
どのように言えばアーロン王は、大司教と会うことを認めてくれるのか。
キースの背景はほぼ理解した。あとはアーロン王がどのような人物であるかだ。アーロン王には弟がいる。そいつは
王位継承権を争ったとか、君主制に反対したとか、巷では噂される。あるいはその両方で、継承争いに敗れたからこそ、嫌がらせで君主制に反対しているのかもしれない。
弟に裏切られ、そのうえ息子たちがこの
今のアーロン王は権威の権化だと想像出来る。伝統を一身に背負って孤独な戦いを強いられているのだろう。
そのアーロン王に、俺は大司教に会いたいと言えるだろうか。
言うのであればそれなりの理由がいる。正直にシルヴィア・ロザンという侍女を解放したい、だから、大司教に直談判に行く、とはまかり間違っても言えまい。
痛くもない腹を探られるし、全てを話す訳にもいくまい。そもそも王族がなぜ出自も分からぬ身寄りのない小娘に目を掛けないといけないのか。権威の権化たるアーロン王にとってそれは全く理解不能なことなのだ。
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