第4話 物置部屋


歴史古文書局長の授業は終わる気配がない。俺も飽きてきてもよさそうなものだが、異世界へ来て興奮状態にあるのか、集中力が衰えない。


おかげでこの世界の姿はあらまし頭に入った。ローラム大陸は広大で、人類が分かっている範囲でいうなら、山脈を隔てて大きく二分される。


その山脈はヘルナデス山脈と呼ばれている。その尾根を境に、西がローラムの竜王の支配地域、東が人間の支配地域と別れていた。


ローラム大陸の西の奥はどうなっているのか分からない。そこまで行った人間がいないからだ。ローラム大陸はまだ謎に満ち満ちている。


謎と言えば、ドラゴンの領域、竜王の支配地にガレム湾というところがある。その湾を望むどこかに魔法のダンジョンがあり、魔導具とか秘宝が眠っていると言い伝えられている。


付け加えるなら、そういったものに対してカール・バージヴァルの熱の上げようは半端ない。古代遺跡発掘を資金面から人材に至るまで全面的に支援している。


王都センターパレスの近郊で古代遺跡が発見された時には大変な喜びようだったという。場所が近いからではない。“罪なき兵団”と思わせる像が無数に見つかったからだ。


今はそれにご執心しゅうしんのようで王城にはほとんど姿を現さない。政治に係わる学匠やら、宮中行事に係わる役人らは困り果てているという。


多くの者が歴史古文書局長に、カールの行動を諫めるよう話してくれと頼みに来る。しかし、カールの肩を持つ局長としては、返事はするが、諫言かんげん申し上げることはない。


歴史古文書局長自らが俺に、自慢げにそうのたまわっていた。学問を軽んじられないカール王太子は真の帝王だとも言った。


話を戻そう。ヘルナデス山脈の東は人が住まう地域である。そこは大まかに五つの王族と五つの国に別れ、その各国が幾つかの自治区を持っている。


ローラム大陸の人が住まう部分―――。そこは東にとんがった矢尻のような形であった。


そこから大海を挟んで北東にザザム大陸があり、南東にガリオン大陸がある。さらに言うと、ザザムの東にムーランと呼ばれる大陸があり、ガリオンの東にはリオーム大陸がある。その位置関係がまるで四葉のクローバーのようであり、それら総称して人々は、この世界を“矢尻とクローバー”と呼んでいた。


「王太子殿下には礼を申し上げておく。局長にはわざわざ時間をとって頂き感謝する」


そう礼を言って俺は、歴史古文書局長の部屋を辞した。部屋の外には侍従と侍従武官が待っていた。そういやぁ、俺は要人だった。行きたいところへ自由に行けない。


「おい、君たち。頼みたいことがあるのだが」


侍従武官のカリム・サンが露骨に嫌な顔を見せた。良からぬことを考えているのだろうと不審に思っている。


「俺が落馬したところに案内してくれ」


外出する口実としてはこれ以上のものはないだろう。俺は今夜、ご招待に与かっているんだ。行かないわけにはいかない。


「いや、なぁに、悪さをしようって訳でない。俺の記憶を戻すのに協力してくれと言っているんだ」


俺が喋っている途中でカリム・サンは一瞬笑みを見せた。が、隠した。


「分かりました。ですが、今夜は無理そうですね」


カリム・サンの笑みの向こうを追って俺は振り向いた。男が二人、それぞれが女連れで、俺の方に向かって来ている。どの面も頭の良いようには見えない。


なるほどな。あれがキースの友達ならカリム・サンの笑いも仕方ない。いや、俺の見舞いも来なかったのだから友達とはちょっと違うか。


「あいつら、誰だ」


「御学友の公爵家ハリー・テイラー様と同じくメイソン・エバンス様です」


「ここで待っていてくれ。用はすぐに済む」


俺はそう言うと手にある魔法書を侍従のフィル・ロギンズに渡し、四人の方に向けて歩きだした。四人はなれなれしく俺に手を振っている。


俺が合流するとすぐさまテイラーが俺の肩に手を掛けた。


「快気祝いにプレゼントがあるんだ」


近くで顔を見ればますます馬鹿そうに見える。もう一人のエバンスとかいうやつもニタニタして気持ち悪い。二人の女も貴族とは思えないほど雰囲気がきたならしい。


どうやら良からぬことをやろうとしている。用があると言って彼らのお誘いを断ろうと思ったが、嫌な予感がする。ちょっとだけ付き合ってやることにした。俺は彼らに誘われるがまま校舎の個室に入った。


がらんとしている。部屋の大きさや新品の掃除用具や備品が置いてあるところから、物置部屋のようだ。奥に人影。一人椅子に座っている。こちらを向いているのだが、麻袋か何か被っているようで顔は見えない。


有無も言わさず拉致って来たのが明らかだった。エバンスがそこに駆け寄るとジャジャンと言って、人影の頭からかぶり物を取る。女だった。それも十五、六歳。だろうなと思った。さるぐつわを嚙まされている。


「どうです。殿下の趣味、わかってるでしょ」


まだ俺の肩にまとわりついているテイラーが自慢げに、空いている手を広げて見せた。さぁ召し上がれってことか。


「どこで見つけた?」


「路地さ。野菜売り。たまたま街を馬車で走っていて、目に入ったんだ。この娘なら殿下は絶対に喜ぶってピンときたんだ」


少女の雰囲気がシルヴィア・ロザンに似てなくはない。こういう子をいたぶるのにキースは快感を覚えてた。とことんクズだ。救いは俺の娘とタイプが正反対だったということか。


「で、この子はこの後、どうなるんだ」


「そりゃぁ、殿下の思いのままですよ。いらなくなったら返してくれたらいい。後始末はこっちでちゃんとするんでご心配なく」


俺はニヤッと笑顔を作って見せてやった。テイラーも笑顔を返す。その顔にこぶしで渾身の一撃を入れてやった。


エバンスは唖然としている。そいつの側頭部には蹴りだ。女らも容赦しない。それぞれ手を取ると、指一本ずつ骨を折ってやった。


男たちは気を失い、女たちは悲鳴を上げて部屋から出て行った。俺は椅子に縛り付けられた町娘の縄を解いてやる。さるぐつわはというと、町娘自身が自由になった手で震えながら外す。


怒りを訴えるべきか、それとも感謝するべきか、町娘は戸惑いの目で俺を見ている。


「ごめんな。帰りな」


涙目の町娘はやっと小さくうなずくと弾けるように椅子から飛び出す。あっという間に部屋から姿を消した。

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