第3話 契約
大聖堂で目覚めて、俺はシルヴィア・ロザンと会った。
と、まぁ、これがこの世界に来て一日目の一部始終、昨日のことっていうわけだ。で、招待状にあった俺の復活お祝いパーティーっていうのが今日の夜。昨日の今日とはせっかちにも程がある。っていうか大した情報網、用意周到だな。
ともかく、目の前の状況を夢であってくれと未だ願ってやまない。実際俺は今、王立騎士学院で授業を受けている。
何も覚えていないキースへの配慮であるが、俺にとっては渡りに船だった。昨日あった出来事も、何がどうで誰がどうしたと理解できたのもここで学んだおかげだ。
王立騎士学院は俺の世界で言う小学校から大学までエスカレーターで行ける私大のようなものだった。教授は学匠と呼ばれ、医術省、法務省、財務省、安全保障省、文部省等、政府機関の職員も兼任している。
学院自体は文部省が運営しているが、専門分野によって派遣される学匠が違う。どの機関の職員かを見分けるため、省それぞれのブローチを付けている。
俺を教育する男はフクロウがデザインされたブローチだった。文部省の職員だ。自己紹介では肩書を歴史古文書局長と名乗ってた。
有史以来今日まで、この国の歴史をざっと聞かされた。話の内容はおそらく小学生レベルだろう。
色々驚いたが、やはり一番は、王族が魔法を使えるということだ。ドラゴンの王と契約することによってドラゴン語が話せるようになると同時に魔力を得るという。
二千年以上前、人類は地上に降り立った。地上全土はすでにドラゴンの支配下で、人類は神から与えられた“罪なき兵団”でドラゴンらを蹴散らした。
ドラゴンもひるむことなく戦いは数百年続き、やがて人類は劣勢に陥る。どういう訳か、“罪なき兵団”が眠るように動きを止めた。神は人類を見放したのだ。
救いの手を差し伸べたのは意外なことにドラゴンの王、ローラムの竜王だった。ローラムの竜王はローラム大陸の一部を明け渡すのを条件に停戦協定を結ぼうと考えた。
交渉するにあたってローラムの竜王はある一部の人間にドラゴン語を解する力を与えた。人が魔力を得たのはその副産物だという。
ドラゴンはえらく長生きだ。対して人の命は短い。エンドガーデンを貸し与える“契約”を代々引き継がせる必要があった。
それをある一部の人間が既得権益とした。言うまでもなく、そのある一部の人間とはこの国に君臨する王族たちである。
学匠は分厚い本を俺に手渡した。
「魔法を使えると言っても生身の人間では四つが限界です。この本は魔法の全てが記載されています。殿下はこの中から四つ選ばなければなりません」
俺は本を開き、ペラペラと捲っていった。五百ページある。
「この中から四つねぇ」
「はい、殿下。呪文は四つまで唱えられます。五つ目以降は発動しません。人はドラゴンほど魔法に耐性がないのです。その代わりと言ってはなんですが、一度成功した呪文は何度でも使えます」
「最初に使った四つが大事だということか」
そう言いつつ、ふと、疑問に思った。注意点はそれだけなのだろうかと。
昨日の俺が目覚めた時にカールが放った言葉。『キース王子はまだローラムの竜王と契約を結んでいない』
あの時、大聖堂はパニックに陥っていた。死んだ人間が蘇ったという恐怖はある。にしてもだ。あれだけ大勢の兵士がいたんだ。ゾンビ一体現れたぐらいでどおってことはない。
おそらくは“ローラムの竜王と契約”が鍵だ。カールは、契約前だと民衆に訴えていた。後だったらどうなるんだ。それはまさしく、何かリスクを背負ってしまうことを物語っている。
「王太子殿下はもう契約を済まされたのか?」
「はい」
そうか。カールもリスクを負ったということか。そう言えば、王族のみが火葬されると言ってたっけ。そこも何か引っ掛かる。
「昨日の大聖堂でのことを聞きたい。俺が起き上がった時になぜ人々はパニックに陥った」
「はい。実はそのことについて話さなければなりません。話しにくいことでして、言い出すタイミングを見計らっておりました。ご聡明であらせられます殿下に恐縮する次第でございます」
学匠はそう前置きし、続けた。
「実は、不死者となる魔法があります。呪文を口にするとその時は発動しませんが、死後発動いたします。唱えてからは当然、呪文の発動中ですから他に呪文は三つまでしか使えません。発動すると昨夜の殿下のように甦ります。ここからが問題なのですが、ローラムから海を隔てた向こう、南東側にガリオンという大陸があります。そこを支配する竜王は死霊使いで不死の魔法を使った何ものをも虜にし、操るといいます。そもそも不死の呪文は生前唱えられるものであって発動まで時間差があるのです。かの王は呪文が唱えられるのを察知していて、発動するとどこへでも手下を派遣します。その手下もやはり不死で、昨日あんなに人々が恐れたのは殿下がその、不死の呪文を唱えていて不死のドラゴンがやって来ると誤解したからにほかなりなせん」
落馬して死んだ。そのキースの父でもある王が国民とのお別れ会にも顔を出さなかったんだろ。シルヴィア・ロザンを虐待していたこともある。
確かに言い出しにくいよな、そりゃぁ。キースならやりかねん、ってことをキース本人を前にして言っているわけだろ? この状況は。
あるいは、不死者となる魔法を使わせないための、ここ王立騎士学院なのかもしれない。俺を心配してのここではなかった。
「貧乏くじをひいたようだが、申し訳なかったな」
「どうか私のことなぞお気になさらずに。たまたま殿下が記憶を失ってしまったのでこうはなりましたが、王家の一員なら誰もがこのことを教えられるのです。なぜならば、過去、多くの王族が不死者となり、今なおガリオンの竜王に操られています」
「確かに王家にとっても気分のいい話ではないな。そのような危険な魔法は他にあるのか?」
「危険ではない魔法はありません。要は、使いようです。本はお納めください」
「すまない。有り難くいただいておく」
「何もかも忘れてしまった殿下には、尚更これは伝えなければならないことでした。それにここ、王立騎士学院に殿下をお迎えしたのは王太子殿下の意思でもあります」
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