第2話 招待状(回想)
この世界に来たばっかりの俺は当然、キースという男のことはよく知らない。もし、キースの復活を喜んでくれる友がいたら、王に嫌われた原因とか。キースのことをそれとなく聞くことも出来たろう。
王城で、ちぃったぁ話題になってもいいはずなのだ。だが、キースが目を覚ましたことなんてその夜にはもう、まるでなかったことになっている。
でなけりゃぁ、悪口でも何でも回り回って俺の耳に入って来てもいいようなもんだ。悪事千里を走る、ということわざもある。
まぁ実際のところ、悪いことは言えないわなぁ。仮にもキースは王族なんだ。だが、闇夜に目あり、ということわざもある。
部屋付侍女にシルヴィア・ロザンという少女がいる。彼女に会ったのは大聖堂の騒ぎから解放されたその夜のことだった。
街の様子が落ち着いたのを見計らって俺は大聖堂から王城に連れてこられたのだが、その時は日が暮れ、しかも、大勢の護衛が付いた馬車での移動だった。
仰々しいというか、俺風情に何たる騒ぎかと恐縮してしまって街の様子や城の
城に入っても状況は同じで、金色の全身鎧と赤いマントに統一された大勢の騎士に囲まれ、しかも担架に寝かされて城内を進んだのもあって、どこをどう来たかも分からない。
部屋に入って来たのはその半分だけだった。それでも広いキースの部屋は人でいっぱいになっていた。
ほとんどが真っ黒いローブを着た連中だった。首元のブローチは一様に、杖に巻き付いている蛇のデザイン。それから想像するに医者なのであろう。カールと彼らのやり取りから、彼らが学匠という存在であるのが分かった。
赤マントの、金色の兵士は近衛騎士であろう。派手派手な感じと王城に入ってからからウヨウヨ湧いて来たことからして王直属の騎士であることは間違いない。
俺は徹底的に検査された。大勢の学匠が代わる代わる俺を診ていったが、結論から言えば、いたって健康、何ら問題がないらしい。それはそれで良かった。カールも安心したのか、ゆっくり休めと俺に一声かけて部屋を出て行った。
カールを追う様にして皆、部屋から消えて行った。キースの部屋がどれだけ大きいかよく分かった。天井が高く、三人が同時にゴルフスイングしてもどこにも当たらなそうな、そんな大きさだった。
その広い部屋に男が二人、ポツンと立っていた。侍従のフィル・ロギンズと侍従武官のカリム・サンである。
フィル・ロギンズは節度のある男で面白みも何にもない。カリム・サンはというと、俺が嫌いなようだ。前の世界での職業柄か、危険な臭いは経験を積んでいるから分かる。
物言わず、戦士らしい
もう一人、部屋にいた。部屋のずっと奥の角、彫刻の陰に隠れるように立つ少女。彼女は俺と目を合わせなかった。うつむき加減に視線を下にして、息をひそめるように肩を縮こませている。
何が彼女をそうさせているのかは、大体は想像がつく。俺は彼女の前に来て、名前を問うた。彼女は答えようと一言発し、だが、口ごもってしまった。そして、上目遣いに俺を見た。今更名前なんてと思ったのだろう。彼女は戸惑っている。
何にも覚えていないんだ、と俺は言った。実際、キースのことはこれっぽっちも知らないのだ。知らないから覚えていないは間違ってない。それにこの世界のことを聞くには、この少女はちょうどいい、と俺は思えた。
カリム・サンのこともある。王城の男たちからはフェイクニュースを掴まされそうでちょっと怖い。だから俺は彼女に、これから何でも教えてくれと丁寧に頼んだ。
それが少女にとってはことのほか驚きだったようだ。目を丸くして俺を見つめた。が、またうつむいて口を堅く結ぶ。
少女は髪で顔半分を隠していた。光沢のある栗毛色の、柔らかそうな髪質であった。俺はその髪をそっと横にして上げた。
髪で遮られた目の周りに、青あざがあった。誰がやったのかと彼女には聞けなかった。俺はキースの姿をしている。そして、この子はキースの部屋付侍女だ。面と向かって言わせるのは
目の前の事実に、俺は気分が
「ここの侍女はこの子一人か? この子は何年俺に仕えた? もし一人だとして、この若さだ。何年もここにはいまい。他に何人俺に仕えた? 辞めた者が居たら理由を教えろ」
矢継ぎ早に質問をぶつけるとフィル・ロギンズが答えた。
「彼女はシルヴィア・ロザン。彼女一人で殿下に仕えています。殿下に仕えたのは彼女を含めここ五年で五人です。二人は自殺。二人は逃亡して行方不明となっております」
つまりは、そういうこと。キースは夜な夜な少女らを虐待していた。
驚きはしない。俺がやったことではないにしろ、少女にとってこの俺が恐怖の対象でしかないのは間違いないのだ。それだけでない。
俺の説が正しければ、キースは今頃、俺の妻と娘と一緒にいる。娘は大学に入ったばかり、この少女とさほど歳が変わらない。俺は一刻も早くこの状況から脱しなければならないんだ。
そう分かっていても、今の俺は何もできない。
ただ、シルヴィア・ロザンを逃がしてあげれば焦る気持ちや恐怖感を少しは和らげられるかもしれない。それにキースへのちょっとした仕返しにもなる。
俺は邪魔な侍従ら二人を帰した。
「君はもう自由だ。好きなところへ行きなさい」
少女は首を縦に振らなかった。
あ、そういうことか。俺は机の上にあった宝石箱を中身も見ずに、生活の足しにしなさいとシルヴィア・ロザンに手渡す。
だが、シルヴィア・ロザンは震える手で宝石箱を机の上に戻した。
まだ、俺を恐れている? そうか、なるほど俺は何も覚えていないという設定だった。キースが心を入れ替えて真っ当な人間になったわけではない。この子にしてみれば俺は記憶をいつ戻すか分かったもんではない。
キースに記憶が戻って、自分が逃げたとキースが知ったら、とシルヴィア・ロザンは思っている。しかも、宝石を奪って。
どうしたものか。実際、キースと俺の入れ替わりが今回の一回こっきりだという確証もない。
シルヴィア・ロザンは懐から紙を取り出した。それを震える手で俺に差し出す。
「私は殿下にお仕えさせて頂いていますが、雇主はまた別の御方」
その言葉で、何もかも拒絶する少女に合点がいった。この子はキースを恐れてはいるが、また別の何者かも恐れている。前任である侍女の、逃げた二人は行方不明だと侍従から説明を受けた。恐らくは、もう死んでいる。
手渡された紙は招待状だった。シルヴィア・ロザンは、その雇主と俺とのつなぎ役でもある。招待状によると、そいつらは祝いのパーティーを開くようだ。俺はその主賓というわけだ。
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