乙女集会の愚かな羊(6/完)


 目が覚めると、山部は少女達に囲まれていた。把握できる人数は二十人ほどだろうか? 中央を避けるように輪になった少女達の中に、山部の大きな体はまるでぬいぐるみのように座らされている。親指は結束バンドで止められ、外す事はできない。


「あ、お客さまがお目覚めになったわよ」

「ようやく儀式を始める事ができるわね」


 少女達は楽しそうに笑う。それは校舎の中で黒田に向けたものと同質の……異質な笑いで、山部は苦々しく眉を寄せた。

 前方には廃材や剪定した花のついた薔薇の枝がうず高く積み上げられ……そして、その上にはすやすやと眠るように白百合まりあが横たわっている。艶やかな絹糸の髪に、白い花弁が乗っていて、その姿は妖精の姫君のようだ。

 ……そして、その傍に寝かされた白百合を護る騎士のように寄り添う、ボクサーのように引き締まった身体の若い男……


「桜庭!!」


 桜庭は、もう目を開く事はないだろう。安いスーツの襟から腹まで、赤く……黒く血に染まっている。幾度となく黒染めして来いと注意をした茶色の髪に、細かく飛び立った脳髄が付着している。

 桜庭はもう助からない。山部の刑事としての勘がそう言っている。


「静粛に」


 凛とした女の声が響く。その場にいる少女達はかけられた言葉とは裏腹に、きゃあ、と歓声を上げた。……どこかで、聞いたことのある声だ。


「みんな、黒薔薇会の繁栄のために手を貸してくれてありがとう。おかげで、穢れた女……白川雪乃、鏡野アリス、魚谷姫花に加えて、あたしたちを裏切った白百合まりあを粛正することができたわ。今日という日を、素晴らしい日にしましょう!」


 少女達の歓声が響き渡る。まるで猫の咆哮のような、きゃあきゃあと叫ぶ声。痛む頭をもたげて声の主を探すと、それはフードを被った女だった。高級なヴィンテージ品のような、上等であるが古びたマントの下に制服が覗く、柔らかそうな女性らしい体つきの女。

 女は、ライターに火をつけたまま、山部の元へ歩み寄る。ふと、オレンジ色の灯に照らされフードに隠れた顔がのぞいた。


「黒田……お前……っ!」


 その女は黒田であった。眼鏡を外し、硬く結いていた三つ編みを解いていたが、普段の垢抜けない姿からは想像できないほどに今の彼女の姿は美しかった。

 白百合まりあが白鳥ならば、彼女は黒鳥。妖艶で、男ならば誰もが彼女に魅了されてしまうほど煽情的である。

 すっと顔を近付けると、黒田は赤い唇で囁く。


「少しだけ我慢していて。……あなたには乱暴したくないのよ」


 事実に理解が追いつかず、呆然とする山部は何も言葉を返す事ができなかった。

 ライターの火が揺れる中、黒田は制服のスカートと柔らかな体に羽織らせたマントを揺らし、楽しそうにステップを踏む。


「ほらご覧、あんた達の憧れていた白百合まりあは男に穢された! そんな汚い女はどうするんだったかしら?」

「粛清」「粛清よ!」「まりあ様を炙るのよ!」「燃やせ!」


 少女達の慟哭が響く。

 黒田は、にんまりと笑うとライターを白百合の下に敷かれた薔薇の中へ放り投げた。


 薔薇が炎に包まれていく。燃えてしまった薔薇は炎により一瞬の赤い光を放ち、それからはあの芳しい香りも美しい花弁も全て等しく灰になってしまう。

 先に炎に包まれたのは、桜庭だ。化学繊維で作られた安物のスーツはすぐに燃えて異臭を放ち……まだ若く、青白い精悍な男の顔は爛れて溶け、肉の焦げる匂いが鼻をくすぐる。

 桜庭を燃やす炎が、白百合まりあの細い足を舐める。

 白い肌を赤い炎が彩り、美しい少女とひとりの男が醜い肉と骨に変わっていく様を、まるで至高の宝石を見るかのように黒田の瞳がうっとり見つめていたが、長い髪を揺らして山部の方へ振り向いた彼女は泣いているような……笑っているような不思議な顔をしていた。


「いいわねえ……可憐なプリンセスは、あの世でも忠実なナイトと一緒よ。あはは、本当に羨ましい!」



 それから、黒田の言葉通り何も危害を加えることなく解放された山部は、すぐに警視庁へ桜庭の死を報告すると同時に応援を要請し、黒田とあの時その場にいた生徒は捕まったが、事情聴取のみですぐに保釈されてしまった。

 黒田は実際に手は下していないと判断された上に高額な保釈金が支払われ、それに加えて数人の女子生徒が実行犯として自首をしたからだ。


 調べにより明らかになった事ではあるが、黒田真理亜は白百合議員が愛人に産ませた子どもであるらしい。銀座の高級クラブでホステスをしていた母親は、どれほど愛しても妻になれない事を恨み妬んで、自分の子に白百合議員と妻の間に産まれた娘と同じ名をつけたそうだ。

 それから母親は精神を病み、酒の量が増え、しまいには酒と薬を同時に飲んで自ら命を経ってしまった。

 それ以降、黒田は白百合家からの援助を得て母方の祖父母と共に暮らしていたが、白百合の要望もあって高校からカメリア女学園に入学したのだそうだ。

 黒薔薇会に足を運ぶようになったのは、それから間も無くの頃で当時のリーダーを務めていた女が黒田をひどく気に入り、話によると二人は恋人関係にあったらしいが……女は一年で卒業してしまい、関係もそれきりになってしまった。メンバーによると、リーダーの座はそのまま黒田に引き継がれてたが、それから陰湿な嫌がらせを主にしていた黒薔薇会の活動が、過激なものになっていったようだ。

 白川、鏡野、魚谷の三人の殺害も彼女たちが異性の恋人と度々会っている事を嗅ぎつけ、それを清らかな乙女として相応しくないと……白百合まりあと同じ理由で、行われた。


 入院する山部の元へ届けられた黒田の事情聴取を撮影した動画に収められた黒田の姿は、まるで罪を犯している自覚がなく、ぎこちなく笑い……まるで雑談をしているかのようだ。

 リーダーである黒田が黒薔薇会に嫌がらせを受けていることについて質問する男の声に、黒田は目を細める。


「私は、確かに虐げられていました。けれども、それは私の育ちが悪いから……そして、私が彼女に愛されていたからです。私は黒薔薇会のリーダーではありますが、ほとんどの生徒は私を認めてはいないでしょう。だから、私は殺すことにしたんです。団結を高めるには、みんないっしょに……等しく罪を犯すべきなんです。分かりますよね? 刑事さん」


 白百合まりあが死んだ後、白百合家を継ぐものは彼女しかいなくなり、黒田はすぐに白百合家の養女として引き取られ、名を白百合真理亜とした。

 桜庭の言葉通り、白百合家は娘のことを家督を継がせるための単なる道具として見ていなかったのだろう。白百合真理亜となった、かつて黒田真理亜という名であった少女は今、自らが殺した白百合まりあのように暮らしているらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る