乙女集会の愚かな羊(5)



「桜庭! 白百合まりあは! どういうことなんだ?!」


 山部が桜庭を見つけたのは、彼女達と初めて会った薔薇庭園の中であった。頭部から血を流しながらも、必死に崩れた材木置き場を崩そうとしている。


「おい、桜庭! しっかりしろ!」

「や、やめた方がいいです! 脳にダメージがあったら……」


 すでに意識も朦朧としているのだろう。通常の桜庭ならば軽々と持ち上げられるほどの角材も、薄いベニヤ板すらも今は動かすことすらできない。

 桜庭の肩を掴んで大きくゆする山部を声で制すると、黒田はポケットにしまっていたハンカチで頭部の傷を圧迫して止血を試みる。


「山部さん……確かに俺、見たんです……まりあさんが、何人かの女に攫われて、ここに消えていくのを」

「いいから、大人しくして!……誰がここまで……」


 黒田の白いハンカチが血を吸ってどんどん赤く染まり、黒くなる。止まることのない血に狼狽した様子の黒田は、不意に薄汚れた……しかし、美しい彫刻が施された小さな小屋を指差した。

 木でできたその扉は、中が覗き込めるほどの微かな隙間が開いているのが見える。


「あ……あれ! 資材置き場なんですけど……用務員さんが管理していて、普段は空いていないんです。あそこに逃げたんじゃ……白百合まりあはあそこに!」

「……っ!」


 桜庭は山部の手を振り払い、黒田の体を押し除け小屋へと駆け出す。慌てて二人は後を追い、桜庭を手伝う。

 中は、農機具や園芸用品が乱雑に置かれていたが、一部分だけ不可解なところがあった。床のタイルが一部分だけ砂や泥の汚れもなく綺麗なままなのだ。

 山部は桜庭を黒田に任せ、そのタイルを一枚持ち上げてみることにした。通常ならば、コンクリートや何かしらの土台に接着され動かすことすら叶わないのだろうが、それは思いの外薄いプラスティックのような素材でいとも簡単に剥がれ、地の底へと続く階段を三人の前に見せた。


「……行くぞ、白百合まりあはこの先だ」


 綺麗なタイル全てを剥がすと、数人が横に並んで降りられそうな簡素なだが大きな木造の階段が設置されている。そこには、ぽつりぽつりと黒いシミが滲む。

 山部の言葉に桜庭は頷き、黒田はこの先に待ち受けるものに対して少しだけバツが悪そうに頷いた。


「山部さん、俺、まりあさんを見つけたら……彼女をここから連れ出すつもりです。彼女は、こんな生活を嫌がっている……彼女は、本当はよく笑う子なんです。素直で……イタズラが好きで……山部さん、俺たちはここから出たら、結婚するつもりでいます。そう、約束したんです」


 桜庭は、階段を降りる途中、肩を貸している山部にうわ言のように語った。なんとか意識を保とうとしているのだろう。そんな約束を彼女がしたとして、そう易々と実行できるかどうかは怪しいものだが、山部はあえて否定する言葉を返さず、ああ、とだけ頷き肯定する。

 二人の前を歩き、スマートフォンのライトで前方を照らしていた黒田は足を止め、二人の方を振り向く。


「ここで階段は終わりです。気をつけて」


 そこは、土を掘り石で周りを固めただけの開けた場所であった。数人の小さな影がもぞもぞと動いているのが見える。

 山部は辺りを見渡すと、その奥にほっそりとした真っ白な足が伸びていることに気づいた。……その美しい脚には、見覚えがある。

 咄嗟に、桜庭を庇い応戦する姿勢を取る。家柄の良いご令嬢に対して手荒なことはできない。……しかし、桜庭の有様を見るにそうした事は言っていられない。


「刑事さん!」


 ふと、黒田の叫ぶ声が聞こえ、山部は意識を失った。

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