乙女集会の愚かな羊(4)
次の日から、学園の生徒に黒薔薇会についての聞き込みを行う二人だったが、どの生徒に聞いても黒薔薇会の名前を聞くだけで「わたくし、何も知りませんわ」の一点張り。教師すらも知らないと返すだけ。
重要な情報を得て、一気に解決へ向かうと思った二人の刑事であったが、一週間経ってもまともな情報が見つからず、捜査は再び行き詰まってしまった。
「黒田に、もう少し詳しい話を聞くしかないか……」
「そ、それじゃあ俺は白百合さんに聞いてみます! 俺、前は黒薔薇会の情報は知らなかったですし……!」
お前は白百合に会いたいだけだろう、と茶々を入れたくなるのを堪え、山部は桜庭を送り出した。桜庭はすでに白百合の連絡先を入手しているようで、嬉しそうに待ち合わせの約束をしている。
「……黒田を探すか」
こちらは連絡先も何も知らない。……虱潰しに探すしかないと、山部は深くため息をついた。
黒田真理亜がいたのは、二年生の教室が並ぶ廊下だった。
授業が行われている時間にも関わらず、彼女の席だけが廊下に置かれ、そこがお嬢様学校なのだという事を忘れてしまうほど下品な落書きがされた机に、汚れた教科書とノートを広げている。
「黒田さん、少しよろしいですか?」
その現状に、山部は昨日の黒田の言葉を思い出す。彼女は黒薔薇会に酷い嫌がらせをされていると言っていたが……この有様、教師も知らぬふりをして授業を進めているということは、彼女に対する嫌がらせは学校公認ということになる。
「あの、今は授業中です……」
「失礼ですが、そんな場所で何が学べると言うのですか。そんな意味のない事よりも、我々の事件の捜査に手を貸していただく方がよほど有意義だと思いますがね」
申し訳なさそうに声を顰める黒田も、山部の言葉に納得をしたのか教科書とノートを閉じると真剣に話をする姿勢になる。
それを確認すると、山部は机に書かれた死ね、の文字を手で隠して隔離された場所で行われている授業の妨げにならないよう、声を潜めて話し出した。
「黒田さん、先日は黒薔薇会について教えていただきありがとうございました。……けれども、我々は今日もいろんな生徒に黒薔薇会についての聞き込みをしたのですが、誰一人として知らないんですよ。部下は白百合まりあさんに話を聞いているようですが……もう少し、詳しい話を聞きたいと思いましてね」
黒田は、白百合まりあの名を聞くとバツが悪そうに眼鏡の奥の目を歪め、机に書かれたブス、の落書きを爪でカリカリと削るように擦りながら、声を顰める。
「黒薔薇会は、もう学園の半分の生徒が所属しているようです。……当然それだけの生徒が集まれば、お金も多く集まりますし、それを教師に渡しているみたいで、どれだけひどいことをしていても、教師は黙認しています」
「リーダー格の生徒について知っていることは?」
「いえ……ただ、それだけの組織をまとめているひとなんですから、それだけみんなの注目を集められるカリスマ性のある人物なんじゃないですか? ……たとえば、白百合まりあみたいな」
黒田の言っていることはもっともだ。生徒達はみな、被害者にあった生徒の美しさや才能に憧れていたようだったが、白百合まりあのように崇拝じみた好意は寄せられていない。
白百合の様子からは、そうした面は見えなかったが……あれだけの組織を束ねられる者ならば、そうした演技もまた容易くこなしてみせるのだろう。
だとしたら……桜庭が危ない。
成人し、訓練も受けた男が少女達相手にどうこうされる事はないとは思うが、もしものことだってありうる。
その時、山部の電話が鳴った。桜庭からの着信である。
電話の向こうは、とても慌ただしい様子である。桜庭は山部の言葉を幾度となく遮り、同じことを叫び続け……そして、それは一方的に切られてしまった。
「刑事さん、何かあったんですか?」
「白百合まりあが……攫われた」
何かトラブルがあったのだろう、と察した黒田の問いかけに山部はポツリと呟くと、そのまま黒田の手を取って駆け出す。黒田の手は、垢抜けない容姿の割によく手入れされた滑らかな肌で、突然のことに驚いているのか、こわばっていた。
「刑事さん! だから授業中なんですってば!」
教室から覗く何人もの少女の視線が二人を刺し、刑事に手を引かれて廊下を走る黒田の姿をおかしそうに、クスクスと嘲笑う。
「いやだわ、黒田さん何かなさったの?」「本当に、おかしな方ね」
口々に好き放題言い放つ少女達の囁きに、黒田の瞳は眼鏡の向こうで次第に曇っていく。山部は今までの刑事人生で、いろいろな人間の悪意を見てきた。老若男女、美醜関わらず人間には
「いいか、こんな場所でお前たちが勉強出来ることなんて高が知れているんだ! 笑うなら笑わせておけ! この、親の脛かじったクソガキどもが!」
山部には、彼女たちが無垢な少女の皮をかぶった悪魔のように見え始めていた。心の底から吐き出した言葉すらも、少女たちはたおやかに、嫌だわ、何を言っているのかしら、と嘲笑した。
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